令和8年度仏生山商工振興会総会は休会宣言総会寂しい


はっきりした立ち上げは不明ですが、戦後早々から、『仏生山商工振興会』を立ち上げ、仏生山町の活性化に寄与したことは自明。特に『仏生山菊人形展』は、そのエネルギーを結集したもので、昭和27年の菊花展を足がかりに、翌28年には大阪枚方の人形師を招いて、菊人形展を開いたという記述が、仏生山小学校創立百周年記念誌にあります。
昭和35年10月15日の四国新聞では、前日開会式を行い、長年菊人形展に功労のあった地元呉服商、山本吾平氏を表彰したと書かれている。当時は山本吾平氏が、商工会の会長を長く務めた。しかし現職の武下重美仏生山商工振興会会長は、30年間だという。大店法が成立してのち、立法の趣旨とは真逆に、小売商店は疲弊が始まった。30年前というと、1995(平成7)年に阪神大震災が発生している。
さて総会ですが、武下重美仏生山商工振興会会長が議長で、議案は原案通り承認され、令和9年4月から休会にすることも併せて承認された。それまでは、承認された役員(留任)が、臨機応変に対応することも了解を得た。初めての経験で、武下重美仏生山商工振興会会長も予測不能。上部団体も、この先どうなるか分からない。縮小は拡大より難しい。
私も20代より参加し、数多くの行事にも参加した。家業の麺業時代は、年末抽選会など全くの人任せだったが、宅建業に転職してからは逆に年末が暇で、多少の手伝いもできた。組織が消滅するのはなんとも残念だが、人の命も有限、ある意味手じまいが必要だと自分に言い聞かせています。