会長日記

第7064回

コロナ禍の総選挙与党が安定過半数獲得だが香川1区は小川淳也さん

開票前

第49回衆院選は、31日に投開票された。岸田政権の是非を問う今選挙。県内3小選挙区に立候補した計7人は、選挙戦最終日の30日も20時の終了時間まで最後の訴えに声をからした。投開前は、小選挙区で31日深夜まで、比例代表は11月1日(月)午前1時頃に確定票がまとまると言われている。

私は20時前に、1区自民党公認平井卓也候補の事務所に駆けつけた。長くなるのは覚悟していたが、当確が出たのは22時過ぎ。今里町の事務所には、大歓声が響き渡った。初代デジタル大臣として東京に張り付いて選挙運動が出来ていなかった『出遅れ』が、最後まで苦しんだ第一の原因だろう。告示前から、『苦戦』は言われていたが、やはりこれからも『デジタル第一人者』の顔を1区の県民は求めた。

岸田政権誕生で、私もデジタル大臣再任を予想していたが、牧島かれん (まきしま かれん・神奈川17区・当選3回)にその座を譲った。彼女も…

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第7063回

NIKKEIプラス1何でもランキング2021

11月1日(月)に、新しい500円硬貨が発行される。今年は、明治政府が新しく通貨の単位を『円(圓)』と定めてちょうど150年。9月には、2024年度に発行が予定されている新紙幣の印刷が始まった。紙幣の刷新は、約20年ぶりとなる。新1万円札の肖像に採用された渋沢栄一は、1963(昭和38)年に発行された千円札の候補にもなったそうだ。結果、伊藤博文に髭の差で負けた。ひげがある方が、偽造されにくいという理由と聞いています。

いろいろクイズ形式で、紙幣の話題が書き綴られているが、6.千両と3億円、どちらが重いという質問で、①千両②ほぼ同じ③3億円、答えは③3億円。江戸時代にねずみ小僧が盗んだとされる千両箱と、未だ解決していない3億円事件。慶長小判は1両が約18グラムなので、1000枚で18㎏ほどになる。1万円札は1枚約1グラム、3億円で約30㎏になる。私は千両箱と言えば、雲霧仁左衛門(BSNHK…

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第7062回

マネーロンダリング後進国日本の対策

マネーロンダリングとは、麻薬取引や脱税などの犯罪で得た資金を偽造口座や他人の口座などに転々と移し、本来の出所を分からなくさせる行為のこと。国際組織として39の国と地域が加盟する『金融活動作業部会(FATF)』が、200以上の国・地域にマネロン対策を勧告する。8月に公表した対日審査の報告書は、日本の総合的な評価を3段階で2番目の『重点フォローアップ国』に位置づけた。

これは米国・カナダ・中国などと、同じ位置付けになると言う。先進国で、まあまあの状態であるようだ。今回の審査では、中小の金融機関による継続的な顧客管理や、法人の実質的支配者の確認が不十分であることや、マネロンを罰する法律の適用範囲が狭く、法定刑が軽い、といった点を指摘した。不正防止策の実効性をより高められるよう求められており、政府は内閣官房に省庁横断の特別チームを設置した。

これに関連し、法務省と金融庁、金融機関は2022年1…

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第7061回

長嶋茂雄氏に野球界初の文化勲章授与

四国新聞の一日一言に、長嶋茂雄氏と高松との関連が綴られていた。1958(昭和33)年は、プロ野球巨人軍で長嶋茂雄さんが鮮烈なデビューを飾った年。その長嶋茂雄さんがプロ入り第1号ホームラン(オープン戦で7本打っている)を放ったのが、高松中央球場でのオープン戦だった。同年3月3日付けの四国新聞で、報道されているという。当時巨人の監督は、高松商出身の水原茂さん。水原茂元監督と三原脩(巨人・西鉄・大洋)監督像は、中央公園にユニフォーム姿で仲良く立っている。

出場選手には川上哲治、広岡達朗と往年の名選手の名前が並ぶ。中央球場(現中央公園)にはファンが押し寄せて、内外野ともぎっしり。地元出身の水原茂元監督と、期待の新人(立教大卒)・長嶋茂雄選手の勇姿が目当てだった。当時は、高度成長期のまっただ中、長嶋茂雄さんの登場は、明るい未来の昭和を実感させた。

長嶋はシーズン入りの4月5日、対国鉄スワローズ戦…

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第7060回

香川県プロフェッショナル人材戦略センターと十河孝男氏の講演

公益財団法人かがわ産業支援財団内(高松市林町)に、『香川県プロフェッショナル人材戦略拠点』なるモノがあります。香川県から公益財団法人かがわ産業支援財団が受託し、平成27年12月に開設されました。県内中堅、中小企業等の成長と地域経済の活性化を目指し、地域の産業支援機関、金融機関や全国の人材ビジネス事業者等と連携しながら、『プロフェッショナル人材』の採用をサポートしています。

『プロフェッショナル人材』とは、新たな商品・サービスの開発、その販路の開拓や、個々のサービスの生産性向上などの具体的な取り組みを通じて、企業の成長戦略を具現化していく人材のことです。都市部からUJIターンで、香川県へ帰ってくる人を想定しています。今の時代は、奥様が香川県内出身者の場合、旦那を連れて帰郷するYターン(嫁ターン)も増えているようで、企業とプロフェッショナル人材とのマッチングを支援しています。

26日(火)…

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第7059回

散歩で実感した龍雲地区の宅地区画増

先に小欄で書いたように、ルームランナーが故障して2週間、室内で歩くことが出来ず自宅周辺を散歩してみました。この龍雲地区は、高松市の『立地適正化計画条例』(郊外への開発を抑制する為、5M道路以上沿いでなければ20年7月以降は開発許可しない)のため、抑制される前の駆け込みで、数百の宅地画地が完成しています。地元の『龍雲中』は、高松市内有数のマンモス校と化しています。私が在校生つまり60年前は、新設『龍雲中』は老舗『紫雲中』の分校かと言われたモノでした。

この校区で宅地が増えはじめたのは、昭和50年代から始まった『高松市太田第二区画整理事業』だったと思います。区画整理事業は、その周辺の土地所有者が自らの土地を削って公共に提供し、道路や公園を整備するというモノでした。当初は大反対もあったと聞きましたが、結果碁盤の目のようなまちづくりが完成し、土地の価格が高騰し、土地そのものは減ったモノの総額では…

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第7058回

電気工事のための珍しい停電

四国電力送配電㈱から、『停電のお願い』で、10月25日(月)午前9時00分から12時30分まで、停電すると告知する書面が届いていました。電気工事のための停電なんて、珍しいなと思いながら眺めていました。偶然ですが前日の夕刻、車からの荷物の搬出でかみさんに呼ばれ、明日の工事予定の横近くを通りかかりました。

現場監督のような立派そうな人から、『明日ご迷惑をおかけします』と声かけられ、「いやいや電気は生活のインフラですから、安定供給をお願いします。ないと生きていけません」と私も頭を下げました。明日の準備として、電柱の根元を掘り返していました。電柱も今では木柱から鉄筋入りのコンクリート柱になっていますが、それでも寿命があって交換するというのです。私はそのまま拙宅へ入ったのですが、その前に作業者との会話が聞こえて来ました。

「ほらお客様も期待して、応援してくれている。あなたが掘っている穴は、安定供…

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第7057回

高松空き家相談員制度更新について

高松市内に空き家を所有する方が、不動産取引業者等に気軽に相談し、空き家の利活用や適正管理につなげることで、ひいては管理不全の空き家を抑制することを目的として、高松市は相談員制度を平成29年に創設しています。まもなく5年更新となる通知が届いて、その内容を本日小欄に書いています。相談料は無料ですが、その後具体的に貸すとか売るとかする場合には、別途仲介報酬を支払うことになります。

高松市の空き家の現状は、26年度の調査時の空き家件数5,868件(総建物数142,625件の内空き家率4.1%)であったモノが、30年度調査結果では8,289件(総建物数184,014件の内空き家率4.5%)に増えています。この間に2,421件増(41%増)で、この傾向は今後益々顕著になると予想されています。

また平成30年の空き家危険度判定ランクでは、

R 件数 割合 ランク説明

A 655件 8% 目立った…

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第7056回

魔の箱根駅伝予選会2021

第98回東京箱根間往復大学駅伝競走大会(来年の正月2・3日)の予選会が23日、東京都の陸上自衛隊立川駐屯地周回コース(21.0975㎞)に関東の41校が参加して行われ、各校上位10人の合計タイムで、10校が出場権を獲得した。出場枠内の10位が国士舘大学、枠外の11位が拓殖大学だった。ここが私の言う『魔の線引き』で、本戦のシード校の当落ラインより苛酷であります。それで私は『魔の』と呼んでいます。

順位はわが明治が1位でしたが、これは私には織り込み済みのことで、更に言えば予選会に出場していることすら、大いに反省すべき材料です。私は今年正月の第97回大会で、明治が10位のシード校を外れたのを見て、『大学陸上部駅伝窓口』に寄付をしました。これまでも大学へはほんの少しだけ寄付していましたが、ここまで窓口を絞ったのは初めてです。

OBとして、文句を言うことは簡単です。であるならば、われわれは何が出…

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第7055回

四国新聞こどもニュース&スポーツ欄の伊能忠敬(いのうただたか)

21日(木)の13面こどもニュース&スポーツ欄に、伊能忠敬が特集されています。私も歴史教科書で知る程度ですが、伊能忠敬の生き様には、興味を持っています。過去に千葉県香取市・伊能忠敬記念館を訪問しようと、最寄り駅(JR佐原)まで行ったのですが、帰りの飛行機時間を計算して、駅で折り返したことがありました。駅前には、タクシーもいたのですが。

若くして伊能家(造り酒屋だったと記憶しています)の婿養子として精進し、傾いていた伊能家を再興し、50歳で家督を譲り、江戸へ出て測量技術を一から学び、私財を投入して蝦夷まで測量の旅をして、日本地図を作成した人物です。幕府からの支援もありましたが、当初は私財を多く出しています。男子の一生として、彼に学ぶところは大いにあると私は考えています。再度一日をかけて、伊能忠敬記念館へ行ってみたい。東京からだと、成田山新勝寺を参拝してそれから記念館だと、今から楽しみにして…

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