会長日記

第2708回

高商から過日の礼状と感想文が届きました

今月20日の、「先輩講演」に対しての感想文が寄せられました。奈良計男校長先生の感想も添えられています。とは言いながら、批判が書かれていることはまずあり得ないじゃないですか。

感想の感想と言っては失礼ですが、さすがに先生からのレポートです。1年生2年生3年生の順番に列んでいます。一学年から5名ぐらいが書いてくれています。選りすぐられた褒め言葉ですが、お世辞とは分かっていながら、少しは役だったかと嬉しくなります。

1年生の感想文は、正直つたなさを感じましたが、2年3年と読んでいく程に、しっかりした文章になっています。また自由なタッチで書かれていて、そこに強制力は感じられません。素直な感想が書き綴られています。

話しの大筋は、善きことを思い善きことをしたら、善き結果が必ず生まれるという「因果応報の法則」について述べた、安岡正篤氏の「運命と天命」に紹介されている陰隲録(いんしつろく)を稲盛和…

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第2707回

J=WESTカードEX予約を使いましたが

私もコンピュータからの操作は、そこそこ年齢別使用頻度では及第点かと思っています。がしかし、携帯電話からの予約等は苦手です。第一あの小さなボタンを操作するのは限界に近いのです。

今月5日、岡山駅を使った時にEX予約というシステムが出来たことを知りました。盛和塾香川の吉原さんが、新幹線の特急指定席を携帯電話を使って手配してくれました。それで知った訳です。

申込書にいろいろ書いて、身分証明書のコピーと銀行口座のデーターを添付して申込をしておりました。やがて書留でカードが送られてきました。内容は正直なところよく分かりません、三度に渡って三枚のカードが宅配されてきました。

まずはJ=WEST CARDですが、これはクレジット機能がついたEX予約後の新幹線特急券を受け取る時に使うカードです。受取自販機にカードを入れて、暗証番号を入れて受け取ることになります。

多くの方はここで、新幹線特急券と普…

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第2706回

京都サンガ対浦和レッズのホーム最終戦観戦

早朝から稲盛和夫塾長48歳の時の、社内での新幹部就任式での訓辞の模様が、ここだけの秘蔵品として紹介されています。門外不出のお宝ものです。ここへ来て、許された者(事前に通知した者)だけに公開されるものです。

内容はやはり、「考え方」についてです。安岡正篤氏の、「運命と立命」について述べられています。話の内容は今と若干違いますし、「人生の成果」のところでも、考え方、能力、才能の順番が違うなど、今の塾長の話と若干の違いはありますが、西島直樹所長が言うように、ここからはじまったと言うことがよく分かります。

ここでもビデオの終了後、「さあコンパをやろう一杯飲もう」と稲盛和夫塾長は笑みを浮かべて呼びかけています。「コンパ」に関する京セラの考え方を福井誠顧問は昨晩、「コンパはテーマを決めてする」と言いました。そして全員参加が絶対条件だとも言いました。また寄り合い酒であるともいいました。原則はみんなが…

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第2705回

紅葉の京都で盛和塾の学びに染まっています

京セラ経営研究所見学&サンガ最終戦応援ツアーが、盛和塾東京の主催で行われています。私は香川塾所属ですが、盛和塾紫紺会の園部洋士さんのお誘いで、京都へ来ています。

高松からこの研究所まで、3時間半でやってきました。今回は事前にいろいろ試してみました。ネットでルートを調べて、はじめてJ-WEST CADEを使って新幹線チケットをとってみました。

このことに関しては書くことがまとまってあるので、次の機会に繰り延べしますが、高松から京都へという選択では、やはり山陽・東海道新幹線を利用します。

京セラ経営研究所では、旧本社社屋をリノベーションした研修所が大勢の来館者を待っています。利用者は京セラ関係者など限定されていて、事前に許しを得た者だけが利用できますが、私には盛和塾生など、沢山の見る者を待っているように思われました。

ここでは京セラの歴史、というより稲盛和夫のすべてを時系列に紹介してい…

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第2704回

就職指導担当の先生方との懇談会の2日目

懇談会の2日目です。昨日は対象を、「大学・短大・専門学校」の就職担当の先生方とし、本日は高校の就職担当先生方に絞っての懇談会です。今回から考えるところがあって、2回に分けてみました。川崎照夫委員長に変わって、新しいことが始まっています。

香川県中小企業家同友会からの企業側も、参加者がこの2日で間で微妙に違います。しかし2日間とも料理は、鮨を除いて全く同じです。これには開いた口が塞がりませんでした。事務局は念押ししたというのですが、ホテル側には伝わってなかったのか、はたまたホテル側の都合だったのか。

高校の就職担当の先生は、熱いですね。特に3年間何らかの形でかかわった先生は、この子を「何とか」したいという気持ちが強いのです。同じ卒業生でも、進学はその子のでき次第というところが強いのですが、高校生の就職は、先生の紹介が人生を決めると言っても決してオーバーではないように思います。

もちろん…

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第2703回

第2回就職指導担当の先生方との懇談会

香川県中小企業家同友会共同求人委員会が開催している、就職担当先生方との交流会の、今年2回目の会合です。また今回から、大学・短大・専門学校を本日、明日は高校の先生方との懇談と分けてやることにしました。

やはり新卒の就職は、大高中学ともに先生の意見と、両親のアドバイスが子供の意志決定の大きな後押しになっています。今この時代になっても、親御さんの希望は公務員になること、つまり国・県・市・町の職員になることが第一志望と言われています。

私にも2人の倅がいますが、公務員という選択はありません。言わないと思いますが、もし彼らが公務員になりたいと言ったら、ここだけは大反対をするでしょう。どのように考えても、これからの公務員は、大変だと思います。例えば国家公務員である国土交通省四国地方整備局職員も、これから先は香川県職員かも知れないし、公務員以外の身分になるかも知れません。

また身分というだけの尺度…

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第2702回

穴吹工務店がついに破綻

穴吹工務店(高松市)が、24日会社更生法の適用を東京地裁に申請したと聞きました。20時までのライオンズクラブの例会では全く話題になっておらず、飲みに行ったところで聞かされました。さすがに情報が集まる、夜の会議所です。19時から記者会見が始まっているということでした。驚きました。

なぜ東京地裁へ提出かといぶかるところですが、理由は「早期適用」の決定を得られるからではないでしょうか。債務を固定し、早期の軟着陸を計るためには、迅速が一番です。残念ながら、高松地裁でなかったことだけは、間違いのないことです。当然弁護士も、顧問弁護士ではなかったようです。

今日15時頃、穴吹工務店本社前を中野文夫とアパマンカーで通過する時、「3年は頑張ってね」とお願いしたところでした。栗林公園の前に、立派な本社ビルがあります。公園正面のお土産店のビルが解体されていました。この場所に「大東建託」の賃貸物件が建設され…

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第2701回

香川高専詫間が全国ロボコン大会で3年ぶり4度目の優勝

「香川高専」という聞き慣れない学校は、最近香川県下の二つの工業高等専門学校が合併して出来た高専です。香川高専高松と、この香川高専詫間です。名前の統合のほか、システム等の合理化はしていますが、キャンバスはこれまで同様、それぞれのものを使っています。それで香川高専詫間と呼ばれています。

学校がある詫間町は、香川県の西の端、小さな田舎町ですが物作りには昔から強い土地柄です。もとは「詫間電波高校」で、私が中学生の時も憧れのなかなか入学できない学校でした。

確か全寮制で、当時はまだ3年制の高校でした。同級生が一人進学しましたが、彼は日本航空へ入社しました。私が大学生の時に、一度だけ東京で会いました。当時もエリートですよ。

詫間高専時代から11年連続出場で、その実力はよく知られているところですが、今年は浦島太郎(伝説があるのです)をモチーフにした「SKY(すかい)」でトライし、地区予選を勝ち抜い…

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第2700回

小池芳江おばさんの告別式

驚きました。悪友の宮本嘉二から、小池おばさんが亡くなったと連絡がありました。そして告別式が一週間後だというのです。東京では数日間待たされるとは聞いていましたが、横浜市でも同じようです。そして朝10時からというのも、田舎では考えられない時間帯です。

小池おばさんは先に小欄で書きました、宮本嘉二が下宿していた江戸川区平井の大家さんです。今年3月旦那様が亡くなったという喪中ハガキが来て、慌てて電話した時、あれは10月末だったと思いますが、電話では小池のおばさんはとてもお元気そうでした。

「ちょっと松野さん来てるの、降りていらっしゃいよ」という合い言葉ではじまる大宴会、もう一人の下宿人大和哲夫さんも巻き込まれて(彼は司法試験に挑戦中で勉強熱心でした)、おじさんや二人のお嬢さん、はたまた近くに住む、いとこの節子までかり出されて、大勢での宴会でした。

いつのまにか「明大中野渡ゼミ」の何人かが加わ…

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第2699回

若宮誠一元高商野球部監督を偲ぶ会

150人ほど集まりましたか、若宮先生を偲ぶ会が国際ホテルで開催されました。高商野球倶楽部の主催ですが、なぜか野球部出身でない私も招かれています。

若宮先生は、21歳で高商に奉職されて、文字通り高商野球の黄金期を築いた名監督です。野球が好きで、野球以外何もいらないという人でした。私が入学した43年には、教え子に監督を譲り、「隠居」の身でありながら毎日グランドでお見かけしました。

語り継がれる昭和35年の甲子園大会での優勝。次の年の準優勝と、その頃は強い「高商」がありました。そして私の在籍中もそこそこ強くて、春夏合わせて4回甲子園へ連れて行って貰いました。大北・細川の時代です。

ところが昨今は全く駄目です。3年連続県大会準優勝です。甲子園での準優勝ならともかく、県大会の準優勝では、甲子園へも行けません。私などOBは、甲子園出場を心待ちにしています。

 

本日は遠く米子からも、35年の…

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