小池芳江おばさんの告別式

驚きました。悪友の宮本嘉二から、小池おばさんが亡くなったと連絡がありました。そして告別式が一週間後だというのです。東京では数日間待たされるとは聞いていましたが、横浜市でも同じようです。そして朝10時からというのも、田舎では考えられない時間帯です。
小池おばさんは先に小欄で書きました、宮本嘉二が下宿していた江戸川区平井の大家さんです。今年3月旦那様が亡くなったという喪中ハガキが来て、慌てて電話した時、あれは10月末だったと思いますが、電話では小池のおばさんはとてもお元気そうでした。
「ちょっと松野さん来てるの、降りていらっしゃいよ」という合い言葉ではじまる大宴会、もう一人の下宿人大和哲夫さんも巻き込まれて(彼は司法試験に挑戦中で勉強熱心でした)、おじさんや二人のお嬢さん、はたまた近くに住む、いとこの節子までかり出されて、大勢での宴会でした。
いつのまにか「明大中野渡ゼミ」の何人かが加わり、大変な騒ぎでした。夕方からはじまった宴会は、徹マンへと続き、美味しい朝食が待っていました。おばさんは麻雀も強く、宴会費は麻雀で勝った分で賄った(負けた奴の強がり)と言わしめる程の腕前だったそうです。私は麻雀が出来ないもので、その真偽はわかりません。分からなくても良いことです。
喪主は未だ独身の陽子さんです。骨あげ後最後の挨拶で、「寒いですから風邪などひかないように、無事お帰りになるまで見守っています」と言います。おばさんそっくりです。言い方、考え方がそっくりになったと、宮本嘉二や大和哲夫がその後の「偲ぶ会」(勝手に一杯やりながら)で、印象を述べていました。私もそう思いました。
読経は10時前に始まっていましたが、なかなかいい分かりやすい読経でした。日蓮宗とききました。うかつに宗教の話しは言えませんが、「法華経」でしょうか。学界葬と違って静かで染みいりました。
戒名というのですか、「芳華妙善信女」と書かれていました。おばさんは、はなが好きでした。「善」もおばさんを形容するのにピッタリの字です。
ところで会場までですが、「駅探」というサイトを使って調べますが、「羽田空港」から「JR戸塚」までで検索すると、京浜急行羽田空港駅9時6分発の特別快速に乗って、京急蒲田まで行って、反対側ホームで待っている三崎行きの特別快速に乗り換えて、次の次の横浜で降りてJR線に乗り換えて「戸塚」までと教えてくれます。ここまで36分、タクシーで10分と9時52分には「戸塚斎場」に到着できました。実に便利な時代になりました。昨日宮本嘉二は、戸塚駅東口からタクシーに乗って20分かかってえらい目にあったとアドバイスメールをくれました。
「偲ぶ会」の2次会からは三浦慶明も加わり、おばさんをさかなに、夜遅くまで偲んでいました。「魅惑のタイ・バンコク」へ行かなかったことで、おばさんに別れが出来ました。昨日は若宮誠一先生、そして今日は小池のおばさんと、悲しい現実ですが乗り越えて行かなければお二人が心配して成仏できません。