会長日記

第3224回

流行と見るか時代の潮流と考えるかTwitterとFacebook

先のスマートフォンも、まだまだ使いこなせず、悪戦苦闘が続いています。電気の利用量がこれまでの携帯電話の比ではなく、日常業務の中でも充電をしながらの使用です。それでも確かにバッテリーの性能がよくて、充電時間も驚くほど短時間です。

そして標題のTwitter(ツイッター)とFacebook(フェースブック)にも、挑戦をしていますが、これも訳の分からない世界です。知らない人も友達にして、何人と拘わっているかとか、とにかく友人を増やせと言われています。機械に命令されている恐怖感を感じています。

当然その効能を、「脱ポータルサイト」に求めているわけです。不動産情報もご多分に漏れず、「Yahoo」や「Google」そして「athome」や「Homes」などのポータルサイトに多額の掲載料を支払っています。多額だから効果があるとも、過信していました。今それらの使用に、疑念が生じています。

もっともそ…

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第3223回

西日本も間接被災から脱却必死

東日本大震災をうけて、西日本でも経済活動が著しく低迷をしています。東日本を何とか元気づけようとするのですが、その西日本も支援するだけの勢いがありません。建築資材や物資の不足、小さなことでは国産たばこまで不足しています。

そんな中で、西日本の観光地も悲鳴を上げています。九州新幹線が博多から鹿児島中央駅まで通じて最初のゴールデンウイークですが、どうなのでしょうか。本来なら今ごろは、日本一観光客で賑わう筈の所。東日本大震災から、福島原発の放射能汚染へ至る被害が、拡大しています。

そんな中で、香川県の連休初日は好天にも恵まれて、表面は順調な滑り出しだったようです。このところ続いている、「有名うどん店めぐり」も高速道路の1000円廃止をうけて、震災後は低迷をしていました。

ところが一番店の「山越(香川県綾歌郡綾川町)」にもお客様が戻り、7時半から行列が出来て、普段より多めの約4200玉が売り切…

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第3222回

大震災から復活した東北新幹線の快挙

4月25日、45日ぶりに東京-仙台間の路線が開通した東北新幹線ですが、明日29日に、東京から新青森までの全線再開と聞きました。あんなに電柱が折れ曲がった惨状からの回復です。戦後日本が、力強く立ち上がったと聞くエネルギーの縮図が、ここにあったと思います。

新幹線は、専用高架軌道の上を走っています。従って限られたエリアでの復興であると言うことが、何よりの時間稼ぎだったと思います。要するに、作業員も指揮官も、己のすることがはっきりくっきり見えていたのでしょう。

東日本大震災で、乗客が乗った列車の脱線もけが人も出なかったのは、私は奇跡だと思いました。平成7年の阪神淡路大震災は、午前6時前の発生で、新幹線が走行する前で難を逃れたと言われていました。

ところが今回は、14時46分でした。私は大阪の免震ビルの10階で、大揺れを体験してよく覚えています。この時間、東京-新青森間では27本の新幹線が走…

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第3221回

アパマンショップネットワーク平成23年4月エリア会議

東日本大震災で、東京八重洲の本社ビルに亀裂が入ったというアパマンショップネットワークの大村浩次会長が来高されて、徳島香川エリア会議が高松国際ホテルで開催されました。震災翌日からボランティアとして、自らが仙台の地元対策本部へ出向き、現場で陣頭指示をした際の、生々しい報告からスタートしました。

大村浩次会長の呼びかけで、①社団法人全国賃貸住宅経営協会②財団法人日本賃貸住宅管理協会③全国賃貸管理ビジネス協会④株式会社アパマンショップネットワークの4団体が一致団結して、被災者受け入れの災害時支援住宅情報をいち早く提供しました。国土交通省のサイトにリンクが張られ、誰でもが検索できる30万件が揃いました。

国土交通省への交渉の結果、被災者入居住宅については、国が家賃等を支払うことになりました。全国各地ですでに、提供家屋の情報が、アパマンショップネットワークのもう一つ言うなら、加盟店が日常使っている…

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第3220回

山岡孫吉はヤン坊マー坊天気予報をなぜはじめたか

創業者の山岡孫吉により、石油発動機のメーカーとして1912年(明治45年)に創業したヤンマー株式会社(英称:YANMAR Co.,Ltd)は、大阪府大阪市北区茶屋町に本社を構える発動機(エンジン。産業用を含む)ならびに農機、建機、小型船舶の製造販売会社である。

商標「ヤンマー」(のち社名ともなる)は、商標候補として豊作のシンボルであるトンボを検討していた[1]が、すでに商標権が静岡県の醤油メーカーにとられていたため、代案としてトンボの大将オニヤンマにちなんで命名されたものである。創業者の姓の「山岡」に発音が近かったのも決め手となった。

1933年(昭和8年)12月23日には、石油発動機よりも経済的だが技術的ハードルの高かった小型高速ディーゼルエンジンの自社開発に成功(「HB型」ディーゼルエンジン)。以降は中・高速型のディーゼルエンジンとこれを利用した工業製品の生産で業績を伸長してきた。…

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第3219回

防潮堤15メートルの高さが村を救う

25日、45日ぶりに東北新幹線の東京仙台間がつながりました。3度ほど停電で列車が止まったようですが、東京と仙台がつながった意義は大きいものがあります。私はこの間を高速バスで13時間かけて往復しました。僅か1往復ですが、たんびたんび往復する人は胸をなで下ろしていることでしょう。

私が何となく目にした東日本大震災に関連する記事で、4月4日読売新聞ですが、どうしても捨てきれず今まで残していた記事があります。私を、被災地に誘った記事でもあります。

3月11日に津波で壊滅的な被害を受けた三陸海岸の中で、記事にある岩手県下閉伊郡譜代村(ふだい)では、住人に死者は出ていない。高さ15.5メートル、全長205メートルの防潮堤と水門が村を守り抜いたという記事です。

防潮堤は1967(昭和42)年に、岩手県が5,800万円をかけ、水門も84年にやはり35億円を投じて完成した。「万里の長城」と呼ばれた、宮…

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第3218回

高松市議会議員選挙の当落予想は

大変失礼な話ですが、自分なりに高松市議会議員立候補者57人の当落予想をしてみました。予想は昨日の小欄に書きましたが、最終結果を待って、その予想を検証してみたら、ヒット率は75%でした。

最大の誤算は、この人は知っているから当選して欲しいと入れた人が5人、落選してしまいました。読み違えと言うより、私はこれで納得です。確かに現職は強いですね。逆に言うと、新人はなかなか当選ラインまで届かないようです。

その中で圧勝は、トップ当選の三笠輝彦候補(8)です。最大会派同志会の前会長で、香川宅建の顧問でもあります。同じく顧問で探すと、大橋光政候補が6位、鎌田基志候補が10位と上位当選です。ホッとしました。

強いなと感じるのは、やはり公明党です。新人の田井久留美(44)さんを含めて6名が、まん中所で全員当選です。これはあっぱれと言うしかありません。続いて自民党同志会です。先の3名を含めて、24議席を…

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第3217回

2011統一地方選挙後半戦あす投開票

最近の選挙の高松市における投票率は、およそ半分です。夫婦2人であれば、夫が投票へ行って妻はスーパーへ行くという具合です。もちろん最近は女性が社会との関わりを持ち始め、むしろ社会からはじき出された夫を尻目に、奥様だけが投票へ行くという家庭もあるようです。

いずれにしても、「民度」を計る一つの指標です。選挙権は権利でもありますが、義務でもあると思います。なぜなら、まず投票することで誰に貴重なわが1票を入れようかと関心を持ちます。投票したその意中の人が当落どっちと、開票にも関心が沸きます。仮に当選したなら4年間、その人の行いを注視しますよ。そして次の選挙で・・・。

先の東日本大震災でもそうですが、もはや国が何をしてくれるかは、期待すべくもありません。市町村が、「わが町はこうする、だから国(場合によっては県)はこうして下さいよ」となってきていると思います。今や大きな国のリーダーよりも、小さな市…

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第3216回

岩波書店世界5月号ルポ石巻市・希望と再生を求めて

岩波書店が毎月発行している「世界」。マニアックな本と言ったら叱られそうですが、5月号は、「東日本大震災・原発災害特別編集生きよう!」と題して特集が組まれています。今月11日に石巻の宮本嘉二邸、佐々木正彦邸で目を通したのですが、改めて買い求めに走ると、これが売ってないのです。

高松へ帰る途中の、仙台市内や東京の羽田空港でも、書店を歩き探しましたがありません。しかし高松には「宮脇書店」という全国1・2位を誇る書店があります。ここへ行けば、ないものはない。ただし5月号だから、もしかして・・・。

結果的には、「アマゾン・ドットコム」という通信販売に委ねることにしました。それでも新刊はないのです。中古品ならあるというので、それを注文しました。価格が定価840円のところ、何とプレミアがついて、はっきりは覚えてはいませんが1250円位したと思います。

以前不動産鑑定士吉野伸先生の、「これが小さな街…

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第3215回

田中好子さん55歳で逝去は悲しい

私たちおじさんにも若い頃があって、私が大学生の1970年代に一世を風靡した人気アイドルグループ「キャンディーズ」の構成員、田中好子さんが乳がんのために21日逝去されたというニュースが流れています。

1973年のデビューから、僅か5年間で、伊藤欄さん、藤村美樹さんら3人で、日本中を夢中にさせる数々の名曲を世に送り出しました。私はファンというより冷めた目で見ていましたが、記憶に残るグループだなとは確信していました。

実は私は直接というより、伊藤健生君という不思議な縁で知り合った早稲田大学生の彼を通じて、キャンディーズなるものを知りました。3人の女の子が唱い踊るのですが、同じようなアイドル2人組「ピンク・レディー」より清楚な感じで、良家のお嬢さんのように映っていました。

人気絶頂期の1978年4月、巨人阪神戦でもこれほどまで集まるかという伝説の5万人引退コンサートを後楽園球場で開催し、「普…

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