会長日記

第1947回

古くても本物は蘇るしかし真に本物だけ

過日市内の御厩町谷本正美様宅にお邪魔をしました。立派な建物と庭園ですが、特に建物内部に惹かれました。

通されたお部屋には、古いのですが味わいのある調度品が、まさに所狭しと並んでいます。お聞きすると、奥様の趣味だと言うことでした。旦那様の定年後の日常生活と見事にマッチしています。

その中で一棹の箪笥に目がいきました。もしや仏生山町の「山乃屋」さんの、リフォーム作かと思い訊ねてみると、「山下家具店」さんにお願いしましたという返事でした。そうなのです。「山乃屋」さんと、「山下家具店」さんは一緒のところです。

かねてから「山乃屋」の再生技術は巷の話題でして、今も修理箪笥が、2~3年待ちだそうです。

山乃屋さんは、単に磨きを掛けるのみならず、機能的にも使いやすいように手直しして、納品されています。今の箪笥のように「張りもの」でない「無垢もの」は、つくる時に丹誠込めています。本物が、値打ちを出…

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第1946回

香川県宅地建物取引業協会高松南支部研修会

三条店の支部研修の案内が来て、高松南支店の研修会ですが、参加しました。内容が、「農業振興地域制度・農地転用許可制度について」と新しい行政の取り組みですから、12月の高南支部の参考にもなります。

要するに、「まちづくり三法(大店立地法・中心市街地活性化法・改正都市計画法)」による、虫食い開発の犠牲になった「農地」をまもり、国土資源の合理的な利用に寄与すると書いてあります。

香川県は全域で、都市計画法に定める、「市街化区域(市街化を促進する区域)と市街化調整区域(市街化を抑制する区域)を定めた地域指定を解除しました。つまり、市街化区域も市街化調整区域もなくなったわけです。

これによって住宅に限れば、道路があればどこにあっても、建築することができるようになりました。これは不動産業界の革命です。

その結果、乱開発がすすみ、農政行政にあってはこれまでの規定を厳格に適用することになったのです。…

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第1945回

生まれてはじめての3等賞受賞

式典後の歓迎会のメインは、抽選会でした。事前に「お楽しみ抽選券」を1,000円で購入して抽選箱に入れます。おそらく景品は、メンバーからの提供品でしょう。

最初の5等はもう抽選をして、結果の発表です。手早くて飽きさせません。4等からプレゼンターが引き当てますが、島原LCのメンバーにもあたっています。「よいしょ」ではないようです。

3等になって最初に「141」番があたりました。「松茸」でした。「松茸」は一つで、次からの3等は、景品が違います。

初めてです。55年間抽選とか、くじ引きであたったことはありません。私には「縛才」が全くありません。麻雀もパチンコも、競輪競馬も、ほとんどやったことがありません。ジャンケンも負けます。

それが3等賞を受賞しました。感激です。もちろん本宅まで持って帰りました。「匂わんからカナダやな」、妻の感想でした。

第1944回

島原ライオンズクラブ結成50周年記念式典

5年ぶりに島原へ来ました。普賢岳噴火の平成3年の秋に来たのが初めてで、もう5回目です。島原は私の、ライオンズ関連で広がった心の故郷です。

平成3年「高松冬のまつり」へ、島原の普賢岳災害で落ち込んだ子供たちに、イルミネーション灯りを見せて子供たちの目の輝きを取り戻して貰いたいと考えて、そのプロジェクトは冬のまつり実行委員会から発案されました。

当時のクラブ幹事の私は、浅田善太郎会長と相談して、命題(島原の子供たちを点灯式に呼ぶ)というこれまでにないスケールの大きなアクティビティに挑戦し始めました。

いろいろのルートを模索しましたが、万策尽きて、地元のゾーンチェアマンに相談に行きました。ライオンズ業界の市長です。そこから島原のゾーンチェアマンに趣旨が伝わりました。

島原ライオンズクラブからは、「話を聴こう」という意思表示を頂き(実は島原ライオンズクラブ選出のゾーンチェアマンの強い意向で…

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第1943回

熊本で観た好不況「最大70店舗を削減」のふくおかフィナンシャルG

17年前から、普賢岳噴火以来友好関係を続けている島原ライオンズクラブ創立50周年記念式典へ出席するため、九州にいます、北九州市から博多を経由して熊本へ移動しています。私は島原へは、ここ熊本から船で行きます。これが大変便利です。

熊本は不動産業者も、「全国区」が複数活躍しています。明和不動産やコスギ不動産、福岡は、「アパマンショップ」の発祥地でもあります。春日市(福岡県)のオクゼン不動産の奥膳優子さんもいます。九州の不動産業者は、元気ですね。

福岡からレンタカーを利用して、あちらこちらに立ち寄りながら次の展開を模索していますが、なかなかすぐに役立つ情報は落ちていません。

熊本は、博多からの新幹線工事が続いています。すでに県下南部からは、鹿児島までの新幹線が開通しています。新たに数年掛けて、博多までの新線が伸張します。そのためか、JR熊本駅舎は昔のままです。

また駅前の一等地の開発は、…

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第1942回

借りたレンタカーで訪れた「IBIZA(いびさ)」

友から全国各地の名所の情報を貰います。先の愛媛県松野町の「森の国ホテル」もその一つでした。

本日は、福岡県うきは市浮羽町注連原707-1℡0943-77-7828月曜定休、「イビサ スモークレストラン」へ行ってみました。画家の尾花新生氏のアトリエを、レストラン化したもので、場所は博多天神から、2時間程度の位置にあります。

原鶴温泉から山間部へわけ入り、大分県に抜ける前の福岡県です。予想以上の山間地で、合所ダムという大きなダムを横切って進みます。

もう一つ驚いたことは、このダムにも水がないのです。高知県の早明浦ダムを思い出します。先の四万十川も、大雨では通常水面から10㍍も上昇すると聞きました。

都会では気づかない変化を、自然の中で敏感に感じます。

最後にIBIZAの意味を書いておきます。スペインの南、地中海沿岸の南に浮かぶ島の名前だそうです。「マジョルカ島」の近くだそうです。画家…

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第1941回

九州をレンタカーで移動

久しぶりでレンタカーを借りました。何件か問い合わせてみましたが、料金等賃貸条件はほぼ同じです。A県で借りて、B県で返せるのは大変便利なシステムです。でもこれはもう20年前からのどこでもやっているシステムですがありがたいのです。しかしサービスは、実にいい加減なものでした。

いろいろいらいらさせられて、出発する前に整備士が、「立体駐車場に入れていたのでナビがしばらく誤作動することがあります」と親切に注意をくれます。

地理不案内な利用者は、ここから出てまずどちらへ向かっていくのかが、一番の知りたい情報です。案の定、私もナビが表示していた左を選択して出発しましたが、結果は「逆走」でした。

私は先の整備士に、「それならあんたが事前に走ってきて、ナビのご機嫌を取って正確な状態を提供する責任があるのではないの」と言ったら、亀田興毅状態でした。

不愉快になる接客は、まず電話からでした。その結末が彼…

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第1940回

濱村美和社長就任披露会

朝から故濱村和明氏の墓参りができました。出張に行くとなぜか寝るのが早いのです。がばーと飲み食いして、そのまま部屋で、本人はうたた寝と信じていますが、結果は爆睡です。

同席の長男に聴くと、3次会まで行ったと言うから、私もすっかり年をとりました。

その後バスは、㈱不動産中央情報センター新本社を経由して、披露宴会場リーガロイヤル小倉へ。

披露会では、来賓挨拶がTOTOの会長と、ゆずやの矢頭美世子社長と(財)日管協会長・亀山征夫氏の3名でした。

続く濱村美和さんの方針演説は、台本なしのパワーポイントです。行間もきちんと自分の言葉で訴えかけていました。「行動基準書」の紹介もありましたが、われわれの土産の中にも入っていました。先代の教え(初期の頃の経営指針書の内容が盛りだくさん)が盛り込まれています。

感動的な時間をすごして、ほろ酔い気分でJR小倉駅まで行くと、「松本清張記念館」のポスターが…

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第1939回

(財)日管協・全管協関西四国中国九州沖縄5支部合同支部会in小倉

早朝より、福岡県の北九州市へ移動です。溜まった原稿も、JR西日本ひかりレールスター内で書いています。社内で電源は確保できますが、まだネット接続は叶いません。

本日は標題の支部会が、JR小倉駅前のホテルで開催されました。遠くから彼の地を目指して、大移動です。

今日は、この賃貸管理業界の恩人「濱村和明」氏の命日です。明日、濱村美和(和明氏の長女)さんの社長就任披露会が予定されています。大恩人の功に報いる集いです。

濱村和明さんは、ここ北九州市の「不動産中央情報センター」の社長でした。早くから賃貸斡旋業から賃貸管理業へ業務を広げた人です。広げたと言うより、創設したといったほうが正確でしょう。

もともと市役所職員で、不動産の経験が全くないところからの創業でした。それだけやることが独創的で、大変なアイデアマンです。「ゆうゆう一番館」など、20年前に今なの老人介護の世界を予想し、実践した人です…

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第1938回

高松「秋のまつり」が終われば「冬のまつり」へ

高松市の秋のまつりは、仏生山大名行列実行委員会が主体となってやっています。また冬のまつりは、高松市・KSB瀬戸内海放送・高松栗林ライオンズクラブが主管三者としてやっています。

今年の冬のまつりは21回目を迎え、新たに運営会社がコンペによって選ばれました。ここでも新しい取り組みが始まっています。

高松冬のまつりは、「子供たちの目の輝きを大切にしたい」という想いから、高松栗林ライオンズクラブの有志数人が発起したものです。しかし、当時の有志はほとんどが退会されて、残念ながら当時の会長、加藤直太先生と4R・RC塩田博志(当時幹事)のお二人を中心とした数名だけになってしまいました。

それでも当時の想いは今に伝わり、昨年の第二十回は、これまでの功績が認められて、ライオンズクラブ国際会長賞を頂きました。これはなかなか貰えるものではありません。逆に言えば、申請をする四国地区ガバナーの力とも言えます。…

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