第2705回

紅葉の京都で盛和塾の学びに染まっています

京セラ経営研究所見学&サンガ最終戦応援ツアーが、盛和塾東京の主催で行われています。私は香川塾所属ですが、盛和塾紫紺会の園部洋士さんのお誘いで、京都へ来ています。

高松からこの研究所まで、3時間半でやってきました。今回は事前にいろいろ試してみました。ネットでルートを調べて、はじめてJ-WEST CADEを使って新幹線チケットをとってみました。

このことに関しては書くことがまとまってあるので、次の機会に繰り延べしますが、高松から京都へという選択では、やはり山陽・東海道新幹線を利用します。

京セラ経営研究所では、旧本社社屋をリノベーションした研修所が大勢の来館者を待っています。利用者は京セラ関係者など限定されていて、事前に許しを得た者だけが利用できますが、私には盛和塾生など、沢山の見る者を待っているように思われました。

ここでは京セラの歴史、というより稲盛和夫のすべてを時系列に紹介しています。鹿児島で生まれた時から、16歳の時に患った肺浸潤で、「生命の実相(心の力の大きさ)」をはじめて見たといいます。それ以来稲盛和夫塾長は、「思い」というものが一番大切だと感じたのだと思います。

展示物の中で、「京都セラミック」という社名命名の下りがありましたが、「京都」は市場を世界規模で目指す祭には世界によく知られている地名だから、「セラミック」は新しくて語感に迫力があるということで選ばれたようです。

福井誠顧問自らの案内で所内を百倍のスピードで回り、その後一時間で三十年間の総括をして頂きました。まさに稲盛和夫塾長の全てがここにあると思いました。改めて五十倍スピードで体験できるように、また必ずここへ来ます。

京セラでは、何のために働くかなどの紐ときを、「京セラフィロソフィー」としてまとめていますが、過去には「京セラ精神」として全従業員に話し、塾長自らがそれらを実践しています。

「コンパ」もその一つで、京セラでは難しいことを言ったあとで必ず一杯飲み交わす風土がありました。一つ釜の飯を食べることによって、大家族のような組織を作るのだという稲盛和夫塾長の教えです。

1980年京セラ創設20周年記念事業で、稲盛和夫塾長は「従業員」の墓を作ったそうです。現在380の遺骨が祀られていると言います。やはり企業は儲けないと、思ったことが出来ませんね。

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