被爆から75年広島長崎原爆の日
長崎は9日、被爆から75年の「原爆の日」を迎え、爆心地に近い長崎市松山町の平和公園で、「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が営まれた。田上富久市長は平和宣言で、小型核兵器の開発などが進み「使用される脅威が現実のモノとなっている」と危機感を表明。各国の指導者に連帯を促し、実効性のある核軍縮の道筋を示すように求めた。
これに先立ち広島では6日、平和記念公園で「原爆死没者慰霊式・平和記念式」(平和記念式典)が営まれた。あれから75年、私は終戦からの政治経済年表を作っていて、当初のタイトルは「戦後70年・・・」であったが、追加追加で今では「戦後75年・・・」になっている。タイトルはともかくとして、いろいろな本の中から資料の中から抜き出して、私個人に関係する記述が増えている。
日本人にとって8月の6日と9日は、特別な日であります。トランプアメリカ大統領までが、「リメンバー・パールハーバー」と言うのを聞いて、改めてアメリカ人の『非道』ぶりに腹が立った。日本は近代戦でただ1回の戦争に負けただけで、原爆の実験材料に生身の非戦闘人の市民を使われた。
「戦争を終わらせるため」とか、「これ以上の米兵を死に追いやることが無いように」と、原爆を投下した正当性をアメリカは言うが、アメリカの主張は、奴隷制度を正当化するのと同じ論調だ。トランプ大統領の言論は極端だが、「リメンバー・パールハーバー」は口にしないがほとんどのアメリカ人が持っている考えだろうか。
『米中貿易戦争から米中覇権争い』にまで膨張している両国の争いだが、そこに新型コロナウィルスの感染拡大で、これまでの地政学が一変している。歴史が変わりだした現象の一つとして、大英帝国がEUから離脱したことが大きい。イギリスが主張したグローバル化は、EU(欧州連合)の根本理念であったはずだ。グローバリズムを一言で説明すれば、「ヒト・モノ・カネ」の移動の自由化である。
まさにEU(欧州連合)は、新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、加盟各国がその国境のあり方を異にした。自由に行き来していたのは平時のことで、新型コロナウィルスの感染拡大で、ベルギーなど国境を閉めきった国も多い。都合の良い時には自由な行き来を保証し、生命を脅かすコロナ禍が広がった途端に、『自国民の守り』に徹する。人間とは洋の東西を問わず、実に実に身勝手な生き物だ。
まず米中覇権争いからは、同盟国の日本はアメリカに追随し、中国との関係を全て断ち切らなければ生きていけない。つまり、アメリカにつくか、中国につくか選択を迫われているのが今だ。一日も早く、中国との関係を切ることだろう。そんなことが出来るかと言われる御仁も多いと思われますが、日本国や日本企業、もっと言うなら日本人の生きる道は、アメリカを盟主とする「自由主義経済国家群」に残るしかない。
そしてここからが今日の私の言いたいことだが、アメリカ側についたとしても、アメリカ追随一辺倒をやめて『独自路線』を歩むべきだ。『アメリカの核の傘の下』にいながら、そんな都合の良い主張が出来るかと言われそうだが、主張したら良いのです。ただし安倍晋三内閣総理大臣の元では、安倍晋三さんも可哀想だ。
トップを替えて、これからの日本の歩む道をトップリーダーの内閣総理大臣に考えてもらいたい。核の傘の下にあっても、米軍が日本から撤退すると言えば帰ってもらったら良いのではないか。防衛機器は、ロシアから購入すれば良い。今のアメリカ製は、どれもこれもロシア製に敵わない。ある意味割り切ろう。
今この戦後75年にあって、「リメンバー・パールハーバー」という大統領には、「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」二度と原爆は使うなと言ってやれ。日本人よ、素直にロハスに生きようではありませんか。これからは今以上に、『日本人らしさ』をアピールしたらよい。怒りを一週間ためて、やっぱり公開することにしました。