ハワイの不動産事情に両国の知られざる史実を書く
旧盛和塾ハワイの三田英郎氏から、『カイナハレ・ハワイわくわく不動産便り』がメールで届きました。私がボーとしていたのか、気がつき久しぶりに読んで見ました。タイトル通り、ハワイの不動産物件を「買いなはれ」という案内ですが、私も16年前のハワイ塾開塾式ではじめてハワイへ行って、現地の不動産を幾つか見せてもらいました。一戸建て中古住宅で10億円というので、まさに垂涎の物件でした。
[ハリケーン情報が続く]
8月15,16日にハワイを襲ったハリケーン「Lala」は大きな被害をもたらしました。ハワイ諸島の各所で停電が発生し、休校になった学校も数多くあり、一週間近く電気が戻らなかった地域もありました。海水温度が上昇していることからハリケーンの発生が増えているとのことで、ハワイ諸島にもこれから続いてストームがやってくるという予想が出ています。
その予想としては、今年の11月までに13ほど発生するとのことです。従来では、ハリケーンが近づいてもハワイ諸島に被害をもたらすようなことはあまりありませんでしたが、どうやら今年は事情が違うようです。今週後半にかけても強風が吹く恐れがあるとのことで、皆備えを進めており、スーパーでは水が売れています。
このようないつもスタイルの社会情勢から、失業率などの話があり、次が実際の不動産情報が続いています。今日のネタは、こうしたハワイそのものについて、少し考えてみたいと思いました。先の終戦の日前後で観たYouTubeチャンネルの中に、昭和16年12月の真珠湾攻撃で一気にハワイを占領しなかった日本軍の作戦負けを指摘する番組があり、そういう考え方もあったかと感心した次第です。
またその前の明治14年(1881年)3月、ハワイ王国第7代国王のデイヴィッド・カラカウア王が世界一周旅行の途中で日本を訪れました。「ハワイ王カラカウアは、アメリカなどによるハワイ支配を恐れ、明治天皇に日本との軍事同盟、明治天皇を中心とする国際的な連邦構想、さらには両王室の婚姻まで提案して、ハワイ王国の独立を守ろうとした」と聞いたことがあります。
この時のカラカウア王には、かなり切実な事情がありました。当時のハワイ王国では、アメリカ系の農園経営者や実業家の政治的影響力が急速に強まり、王は将来ハワイの独立が失われることを警戒していました。実際、その後1893年にハワイ王国の王政は倒れ、1898年にはアメリカに併合されます。
当時の日本は明治維新からわずか十数年です。欧米列強と結んだ不平等条約の改正を最大の外交課題としており、特にアメリカとの関係を悪化させることは避けなければなりませんでした。そのため日本政府は、カラカウア王の構想には理解を示しながらも、軍事同盟・連邦構想・皇室婚姻には踏み込まなかったのです。皇室婚姻については、約1年後に日本から使節をハワイへ送り、正式に丁重に辞退しています。
一方、カラカウア王が求めた日本人移民の受け入れについては話が進み、1885年から「官約移民」が本格的にハワイへ渡ることになります。これがハワイの日系社会形成の大きな出発点となりました。今のハワイ在住民がすべてこの移民の子孫だとはもうしませんが、開塾式での入会のきっかけ談では、祖父母に言及する発言もあり、思わず涙していました。
ハワイと言えば日本人に人気の観光地ですが、歴史を紐解くと実に面白い人間の行動があるモノです。垣間見ながら、わがこれからの道を手探りしています。