第3926回

長嶋茂雄氏と松井秀喜氏に国民栄誉賞を授与いつなんだろう

いやー驚きました。両氏が受賞することは日本国民すべからく納得でしょうが、「いつですか?」「今でしょう!」の台詞が予備校先生の決めぜりふとして有名になっていますが、その影響で政府が授与を決めたとも思えませんが、にわかに降って湧いた発表に大変驚きました。久しぶりの全国版、エイプリルフールかとも思いました。

長嶋茂雄氏に関して小欄で縷々述べることはないと思いますが、プロ野球、読売巨人軍終身名誉監督です。アテネオリンピック野球日本代表監督も途中まで務めました。

1936年2月20日生まれ。千葉県佐倉市出身、血液型B型。佐倉一高から立教大学に進み、東京六大学リーグでは通算本塁打8本で、当時の六大学記録を更新し連覇にも貢献。

その実績を引っ提げて1958年に読売ジャイアンツに入団。この年本塁打王・打点王の二冠に輝き、新人王を獲得しました。その後王貞治氏との通称「ONコンビ」で巨人の黄金期に貢献、1974年に現役引退しました。引退時に拘ったのが終身打率。王貞治氏のホームラン王に対して、長嶋茂雄氏はチャンスにヒットを打つ打率王のイメージがあります。

打率305が引退の勲章だったかな。体力的にはもう少し出来たのではないかと、私も引退が早すぎかっこよすぎると思いました。王貞治氏はそれから長く世界のホームラン記録に挑戦し、ハンクアーロンの記憶を更新するなど、「記録の王、記憶の長嶋」と言われるのもその所以であります。

戦後日本プロ野球に革命をもたらした燃える男・選手としての凄まじさは、通算本塁打や打率などの数字だけではかりえない業績を残しました。その「燃える男」への、国民栄誉賞の授与は遅きに失した感が強いのです。脳梗塞に倒れ、夫婦不仲説も市井の噂になったこともあります。このあたりが、影響したのかとうがった見方をしてしまいます。

私も詳しいことは知りません。あくまでも週刊誌ネタですが、大酒飲みの王さんが早く国民栄誉賞を授与され順風満帆のように見えましたが、愛妻を病気で失ったのですが今でもお元気です。もっと早く授与されていても何ら不思議のない長嶋茂雄氏は、甘党だったと聞いています。その人が脳梗塞を患っています。

一方松井秀喜氏は、「ただただ恐縮しております。長嶋監督の受賞は日本中の方々が納得されると思いますが、私は監督に愛情を注いでいただき、20年間プレーすることができました。ですから、この賞もひとえに監督のおかげです。正直、私が現時点で自分が頂いてもいいのか、という迷いもありますが、今後、数十年の時間をかけて、この賞を頂いても失礼ではなかったと証明できるよう、これからも努力していきたいと思います」とコメントしています。

私以上に驚いたのは、松井秀喜氏だったのかなと思います。確かに松井秀喜氏のタイミングに合わせて、長嶋茂雄氏の受賞がついたのか。政治的配慮も大きいと思います。石川県選出の大物代議士の存在、読売新聞の意向、いやいやもっと大きいのは2020年東京オリンピックの広告塔の仕事ですかね。WBCに負けたことも一因かも知れません。

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