第8364回

第15回オイスカ高松推進協議会総会by仏生山の森五十八で

オイスカ四国支部には、10の枝とも言える推進協議会があります。私はその内の一つ、高松推進協議会に所属しています。第15回というのは公益財団法人に認定されてからの年月で、高松推進協議会はその前からあって、偉大なリーダーは佐藤忠義四国電力相談役でしょう。その甲斐あって、今でも徳島と高知の両推進協議会の窓口は、四国電力の支社や支店内に置かれています。

高松推進協議会もその組織の中枢は、電力総連に所属する四国電力労働組合が担ってくれています。植林や下草刈りなどの大勢でやる力仕事では、家族総出の手伝いで助かっています。何と言っても佐藤忠義相談役の影響力は、いまだに計り知れないモノがあります。皮肉なことに今の私は佐藤忠義相談役の後釜みたいな役回りですが、佐藤忠義相談役からオイスカに関して直接薫陶を受けたことは全くなく、別の会で親しくご指導を頂きました。

昨今の組織体制は、どこも人不足ですが、オイスカ四国支部の会員さんも、第一に高齢化が原因ですが、会員さんが減っています。高松推進協議会もご多分に漏れず、入れても入れても歩留まりが効きません。会を預かるモノとしては、せめて受け継いだ時の会員数までには持ちかえしたいと願っています。機会ある毎にカバンから解説書入会書を持ちだし、説得に当たっています。

「木を植えながら人を育てる」組織だと、私はオイスカのことを端的に説明します。穀を得るは1年のケイ、木を植えるは10年のケイ、人を育てるは100年のケイとオイスカでは言いますが、私は数年前にパプアニューギニア(PNG)にある、ラバウルエコテック研修センター開設30周年記念式典に参加しました。そこで現地人のオイスカに対する素直な感情を聞いて、私のオイスカ活動のスイッチが入りました。

大勢を海外のオイスカ研修センターへ案内すれば、多くが存在意義をより深くより強く感じるはずです。戦後すぐから、日本軍が先の大戦で迷惑をかけた、生活環境を奪った国や地域に出かけて行って、せめて今日のひもじさから脱することが出来るようにと稲作を個人やその有志達で教えたことが、オイスカ活動の原点です。中野與之助初代総裁がその中心人物で、脈々と今に伝わっています。

今日の総会は仏生山の森五十八でしたが、昨年はここでBQをして地元の人とも、海外研修生は親交を深めました。私の頑張りが、まだまだ足りないのです。大いに反省し、仲間を増やします。

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