遅い書き込みにも多くの読者が辛抱して意見も下さる
最近日記を上げるのが遅くなり、大変申し訳なく大いに反省をしております。言い訳ですが、去年の今頃は、寒いのは同じですが早朝受験勉強をしていました。今年も6月に試験があるのですが、これはもう諦めました。頸椎の具合が悪化し、手術前のような危険な状態に陥りました。かみさんには合格が13年遅かったと揶揄されていますが、感性的な悩みはしていません。
それはそうとして、今日のこの表明を持って早く日記を上げることをお誓いします。それにしても毎日毎日、何時になるかわからない掲載を心待ちにして頂いている状態です。2002年平成14年11月1日に書き始めた小欄ですが、早いものでもう11年にもなります。日付的には毎日上げています。
記念すべきその日の日記も、過去の日記の中に今も残っています。驚くことにその頃出会った棚元政夫氏に触発されてと記録していますが、棚元政夫氏とは今も盛和塾のソールメイトとしておつきあいを頂いています。不思議ですね。高額な受講料を払って勉強していた時に、棚元政夫さんがいました。
それで本日のお題ですが、私の意見についての書き込みについて少々。辛辣なものは今月12日の突貫小僧の書き込みですが、これは流石に読みましたが、書き込まれて読んでないものがほとんどです。書き込みに書き込み、はたまた意見の相違で討論するステージでもないと考えています。
自分の思うがままを書き、どのように思われようが、それは思う方の勝手ですから、私は気にしないというスタンスを取っています。昨日それをたまたま別の話で十河照一さんと話ししていて、「ところであの突貫小僧は誰や」ということになりました。
私は「N君かUさんかと思っている」と言うと、「特定できとらんのか」と言われましたが、内部事情に詳しい者の書き込みだとは思いますが、詮索する気にはなりません。なかなかよく当時のことを、客観的にまとめているなと関心をしました。
また本日、田村日出男さんからお手紙を頂きました。今月19日の、「北方領土のことをよく知らない私」に対する田村さんの書簡が送られてきました。田村日出男さんは昔からの小欄読者で、勉強熱心な方だとかねてから大変尊敬しています。
頂くお手紙の中には誤字脱字の指摘もありますが、本日は40年前に田村さんが髙松ロータリークラブの会報誌に投稿した北方領土に関する内容の文章です。これについては大作ですから、私自身がよく咀嚼して別の機会に報告させて頂きます。
昨日は、同級生の十河照一と上佐博人を誘って、萬木淳一先生のアトリエへ同窓会の写真を届けに行きました。その帰りで、「俺たち昭和史の勉強をしとらんな」と言い合ったところです。受験勉強としては1868年から、1945年までですね。本当に生活に必要な勉強は、1945年以降、今日までの歴史ですよね。
これからはアルジェリアなどの、南アフリカの後進国の動きも、NHKニュースの俎上に載る機会が増えると思います。日本人を出せと恫喝される日本になったのです。この現実に目を背けることはできません。いずれにしても全方位外交が必要です。
どうなるかわかりませんが、公明党山口那津男代表が訪中で習近平国家主席と会談をして安倍晋三首相の親書を手渡したことは、日中双方の目を内に向けることに成功したと思います。昭和史を勉強して、正しい判断ができる知識を持ち、なおかつ現実に即した判断の材料にしたい。そんな気になった田村日出男様の手紙でした。ありがとうございます。