菊池寛は香川が産んだ文豪であり救世主か
テレビを見ていると、「あれ三矢昌洋さんや、おや隣に徳永孝明さんもおるで、何しょんな」と思いました。字幕や説明を聞いていると、大西秀人高松市長に、「菊池寛記念堂」の建設と、芥川賞、直木賞など、菊池寛が関係している文学賞の「選考会」や「授賞式」を、ゆかりの地高松で開催することを働きかけるように市長へ陳情したようです。
先の記念堂は、市制100周年記念事業として、1992年に昭和町1丁目サンクリスタル高松3階に、「菊池寛記念館」を開設していて、確かに690㎡と言いますから僅か200坪の広さで、十分とは言えませんがこれを新設するとなると、いまの高松市では不可能に近いと思います。もちろんそれは折り込み済みか。
むしろ私は、芥川賞、直木賞など、菊池寛が関係している文学賞の「選考会」や「授賞式」を、ゆかりの地高松で開催することのほうが、経済価値も波及効果も見込めると思います。数年前に、いま話題の正岡子規が野球殿堂入りした時の市長中村時広(現愛媛県知事)氏が、直接野球界での実績のない正岡子規に、「彼の存在自身が、日本の野球の存在の起源」として、異例の殿堂入りに持ち込みました。
その際に、その認定書の授与式を、松山(ぼっちゃん)球場でオールスターゲーム初戦の途中でやったわけです。それも通常は、試合前にセレモニーをするのが常識です。それを野球テレビ中継が始まった5回裏終了時にやったのです。もちろん主催はプロ野球連盟ですから、中村時広当時市長は、そこへ働きかけたのでしょうね。話はそれますが、「坂の上の雲」のドラマ化も、時の市長の熱心な夫人への働きかけと聞いています。
私もこれに近いことを大西秀人高松市長に話したことがありましたが、菊池寛を救世主に使うとは考えていませんでした。さすが三矢昌洋(高松ホテル旅館料理協同組合長)さんだなと、感心しながら見ていました。
プロ野球オールスター戦の誘致は、恐らく50年に一度あるかないか。芥川賞・直木賞の選考会は年2回あります。選考会は、料亭『新喜楽』の1階で行われる(直木賞選考会は2階)。受賞者の記者会見と、その一ヵ月後の授賞式はともに東京會舘で行なわれる。(フリー百科事典ウィキペディア)
四国観光の昼食はうどんがダントツの1位です。問題は宿泊をさらに夕食をどうするかで、宿泊観光客(団体も個人客も)の争奪戦が四国内で続きます。知名度から高知(皿鉢料理)がダントツ。松山も温泉があることから有利。しかし、高松は昼も夜も素晴らしいのですよ。まず来てもらうことですね。
またまた煉瓦の家ラ・ヴィーダ日記を書きました。今日は提案書 http://www.la-vida.jp/results/index.php をあげています。