46年ぶりの皆既日食
太陽が月の中にすっぽり隠れてしまう皆既日食が、日本では鹿児島県の奄美大島付近の離島で見られると期待されたのですが、残念ながら生憎の雨で、見ることが出来なかったようです。
私の所にも、鹿児島空港からのチャーター便の案内が来ました。これほど騒がれるのであれば、飛行機からもよかったのかなと大いに反省しています。相変わらず、感性が今一の自分に呆れています。われながら諦めの境地です。
とうぜん船を含めて地上だと、どこにいても天候に結果が左右されます。その点飛行機は雲の上ですから、天候に左右されることがありません。インドから硫黄島まで、広範囲で日食ハンターが動くのなら、空は穴場ですね。
高松でも「日食中」だと電話で言われましたが、さほどの暗黒へも至りませんでした。もちろん皆既ではなくて、部分日食ではあります。交通事故もなくて、よかったと思いましょう。
ところで前回の皆既日食が46年前というと、父茂が37歳で他界(昭和37年8月)した前後です。ほとんど皆既日食の感想がありません。生活に必死だったのでしょうね。その時の戦友松野サチ子(母親です)が、もう年だと言いながら夏バテで苦しんでいます。確かに半世紀前だと言われると、特別な時の流れを感じます。
その母を見るにつけ、頑張って育ててくれた母の体は細るばかりで、思わず涙が出ますが、と神妙なことを言いながら、その痩せた体重分の脂肪が私のお腹の周りに移ったのでしょうか、などとふざけた言い回しをしています。けしからん奴です。
さて次回は26年後ですが、命があれば最前の所で、父母の分もしっかりみたいなあと決意しているところです。