第2254回

高校生を相手に「働くということの喜び」を語ると彼らは眠る

出身校の、就職予定の3年生に「働くということの喜び」について話しをして貰いたいという要請で、喜んでノコノコ出掛けて行ったのです。母校での2度目の修行です。修行というのは、聞く耳を持たない彼らに、人の道を説き、こちらへ向かせるのは正直生やさしい仕事ではありません。私には厳しい修行の場です。

今回は前回の四国学院大学で4年生に話した原稿で、敢えて臨みました。職場にあっては、高卒も大卒も大学院卒も、同じところで働くのです。高卒だからこれで良いというステージは、職場では用意されていません。

そう言う決意を込めて、敢えて同じ原稿でしたが、大学は90分、高校は45分の話し時間です。やはり無理があったことを、正直に認めます。聞き耳持たない聴講生に、話しをするのは、私も彼らも苦痛です。もろに寝られたのは、初めてです。長男に言わすと、話す内容が「受け入れがたい」内容だと言われました。

それでも2~3割の学生さんは、しょうもない話しに耳を傾け、目をこちらに向けて下さっていました。左右に視線を振ると、必ず視線が合う学生さんが何人かいました。残念ながら大半が女子学生です。母校は、質実剛健の文武両道の学校です。がんばれ男子諸君。

それでも駄弁を労して控えの席に帰って、総代の謝辞を聞いて、涙が出るほど嬉しくなりました。的確に、話した内容を踏まえての「御礼」でした。この子だけでも聞いてくれていたのかと、嬉しくて、また修行せよと呼んで下さらないかと、でも言えなくて急ぎ校門を出ました。校長先生から、担当の先生までの見送りでした。

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