悠悠人生 佐々木将人講演会



不動産実務研修ゼミの3日目です。午前中は例によって、机上論に終始しました。そしてうどんを食べて、戸建て賃貸物件『ラ・ヴィーダ』を案内しました。ここでは受講生に、おおいに教えられました。このゼミの良いところは、双方向に情報交換がなされることです。だいだい教えるということは、最高の学びの機会です。新築物件の小規模修繕のアドバイスは、大変勉強になりました。
昼からは賃貸業務の実務で、課長の番です。物件仕入れの現場調査から、間取り図のコンピュータ作成など、多岐にわたり研修課題を与えています。
私はこの間を利用して、藤本博之氏が勧める講演会へ行きました。
佐々木将人さん御年80歳のお話ですが、実に若い話です。話が若いという表現も何のことかといぶかることでしょうが、笑いあり、男女の秘め事の話あり、とにかくお元気です。
佐々木将人氏のHPには、次のようなメッセージが書かれています。
運命を拓く鍵は心である。
運命とは心を運ぶことで、頭は考えるだけで口と手と足を動かさなければ 一歩も進まない。頭は仕事をしない、仕事は口と手足がする。
頭脳は戦略(志)であり、口と手足は戦術(行動)である。
線は点の集まりであるが、点を集めても線にはならない。方向性の戦略、目的によって線となる。
企業に於いても戦略の意志統一があって初めて発展する。
迷いは道に迷うことであり、悩みとは思うように行かないと思う心から生ずる。
「二兎を追うものは一兎も得ず」で、人間の脳も一つの方向性がないと迷う。
悩みは悟りに入る門。苦の後に楽が来る「苦楽」と言うように、悩み苦しんで物事が成就する。
講演でも同じようなことを言われたのですが、防衛庁事務官を退職後、合気道開祖・植芝盛平翁と出会う。その後、人生の師・中村天風先生とめぐりあい、天風最後の弟子と言われている。
縁あって山蔭基央先生と結ばれ、山陰神道の神官となり、上福岡斎宮宮司を務める。
そして講演の最後に、年号についての講話がありました。大変興味のあるものでした。
明治の改元は、『易経』の「聖人南面而聴天下、嚮明而治」より採用したもの。「聖人南面して天下を聴き、明に嚮(むか)いて治む」というこの言葉は、過去の改元の際に江戸時代だけで8回、計10回候補として勘案されているが、通算にして11度目にして採用された。
また「大正」の由来は『易経』の「大享以正天之道也」(大いに享を正すをもって天の道なり)から。
さらに「昭和」の由来は、四書五経のひとつ書経尭典の「百姓昭明、協和萬邦」による。漢学者吉田増蔵の考案。なお江戸時代にまったく同じ出典で、明和の元号が制定されている(「百姓昭明、協和萬邦」)。国民の平和および世界各国の共存繁栄を願う意味である。
「平成」は、元号法が制定された際に陽明学者・安岡正篤(やすおかまさひろ)が考案したと言われ、改元時の内閣総理大臣・竹下登ら政府首脳も決定前から執心していた。また、閣僚などを通じ、「平成」や「修文」などの候補が外部に漏れ、幾ばくかの国民の間では予想する事も可能であった。
政府は、昭和天皇の崩御(死去)を受け、その当日(1989年(昭和64年)1月7日)の午後、「元号に関する懇談会」(8人の有識者で構成)と衆参両院正副議長に3つの候補を示し、意見を聴いた。その際、「平成」は最初に書かれており、また、他の「修文(しゅうぶん)」、「正化(せいか)」の2候補はローマ字表記の頭文字が「昭和」と同じ「S」になり初めから選び得ないものだった。
同日14時10分から開かれた臨時閣議に於いて新元号を正式に決定し、14時36分、内閣官房長官の小渕恵三が記者会見で発表。
「只今終了致しました閣議で元号を改める政令が決定され、第1回臨時閣議後に申しました通り、本日中に公布される予定であります。新しい元号は、平成であります」と言いながら新年号を墨書した台紙を示す姿は、新時代の象徴とされた。
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