第7504回

南秀俊さん逝く

磯崎仁彦参議院議員高松事務所に従事していた南秀俊さんが、正月13日大勢の家族を残して逝ってしまった。訃報のやり取りをする中で、『膵臓癌』に侵されていたことを知った。私は、恥ずかしながら何も知らなかった。奥様も高松商卒で、夫婦して熱心な高商フアンでした。特に敬子夫人は、同窓会紫雲会の副会長でホームページ委員会の熱心なメンバーです。お二人をそばから見ていて、微笑ましいと感じていました。

小欄でも、磯崎仁彦参議院議員に対する私の思いを述べていますが、その一端を支えていたのが、高松事務所を守っていた南秀俊さんでした。磯崎仁彦参議院議員は、政治活動資金獲得のためのパーティをしません。公設秘書は、国から給与が出ています。しかし南秀俊さんのような私設秘書は、議員先生から貰います。南秀俊さんも、そんなに多くの給与は恐らく貰っていなかったと思います。

通夜式で、喪主の息子さんが「議員のお陰で、人より得がたい経験をさせてもらい、親父は幸せでした」と参列した磯崎仁彦参議院議員との会話が、私には印象的でした。私がイソヨシ(磯崎仁彦の愛称)に、「外遊ではなかったのですか」と尋ねると、「今回は外れました」とまるで喜んでいるようでした。別の秘書に聞いたら、「最初からの事情が分かるのは、もう南秀俊さんだけです」と言っていました。そんな高松事務所が、これから大変です。

私も高商卒で、南秀俊さんとは4学年違い。南さんは、応援団の主将だったそうで、私は入学早々毎日放課後、屋上で応援団の個人的な歓迎を受けていました。担任が私を級長にしたため、目立っていたのでしょう。「分かったか?何がですか」で、ボコンとやられていました。今は昔、入学早々応援歌の練習が、毎日の放課後でした。南さんの後輩に、毎日やられたわけです。でも不思議に、恨んではいません。

通夜式の最後、散会の前に旦那寺の住職が年末の南家法要でのやり取りを披露して下さいました。死を覚悟していた南秀俊さんは、「死にたくない、孫の世話がもっともっとしたい」。人の世話が生き甲斐だった親分肌の南さん、74歳はまだまだ若かった。名物男が、彼岸に渡ってしまった。月並みですが、ご冥福をお祈りしています。

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