出作町熊野神社もデジタル化の第一歩
14日に神社総代会が予定されている『出作町熊野神社』ですが、今後の神社運営を鑑みデジタル技術を使った方法を取り入れる計画が、総代数名のなかで進んでいます。昨今の自治会(町会)離れのように、神社氏子もその縛りから解放されたいと望む世帯が多くなり、高齢化が進む世話人同士、前途多難であります。これまでは自治会単位で氏子が構成され、年2度のまつり等の行事も運営されてきました。
そもそも神社というモノは実家の宗門と同じで、気がつけば両親や祖父母から、「ああせいこうせい」とうっとうしく言われ、自分が選んでやっているのと違うと反発したがるモノです。あったら当番が当りうっとうしいモノで、なければ困るという権威があるものでもない。自治会(町会)はまだゴミの集荷という問題もありますが、そのてん神社はマイナスとなることがまずないのです。
私も古希を迎え、周辺の長老格の熱心な氏子に手を引かれ、背中を押されてお世話を一緒にさせて頂いております。私の神社信仰は、高校時代まで遡ります。当時わが家は父親を病気で亡くし、母親が自営で製麺業をやりながら、町内の付き合いごとに参加していました。そんなとき母親が「当家が当たったけん」と帰りそうそう言うのです。所属する『出作1丁目』に当家が回ってきたので、誰も手を上げんので母が引き受けたそうです。
当主(父親)がいない氏子に当家はないだろうと思いましたが、負けず嫌いな母がつい言ってしまったのだと思いますが、その時に町内の辻本自治会長が、本当に善くしてくださり、大過なく1年を終えることが出来ました。これから松野家は、運気が拓けて来たように今でも思っています。運気は熊野神社と辻本自治会長が、私の家に運んでくれたと感謝しています。
辻本自治会長のご子息が、暫定的ですが今事務局長補佐の辻本哲彦さん、これも何かのご縁のように感じています。従って開かれた情報を発信し、強制しない神社運営が出来て、人も資金もそれなりに増えないかと期待してホームページを作成しています。若者はXとかフェースブックが良いと言いますが、私の手に負えるITデジタルAI化は、まずホームページからです。
と言うことで遅ればせながら、秋の大祭までにアップし、年末までに一応の1次完成までこぎ着け、その後は随時必要に応じて追加削除もありかと考えています。インターネットを通じて氏子を増やし、賽銭も増えることを期待し、恥ずかしながら私がHP責任総代としてボツボツやっていきます。乞うご期待ください。このような相談をして90分後、あれほど荒れ狂っていた天気も落ち着きました。雨もあがり、雷さんもいなくなりました。やはり熊野神社ですかね。