第3873回

北方領土の日にスパイの話し

2013年2月の池田塾は、㈱アジア・コンテンツ・センターのエクゼクティブプーロデューサー井上隆史氏の、自身が所属されていたNHKで昭和57年に特番として制作した、「私は日本のスパイだった」の紹介でした。この手の番組としては珍しい「芸術祭グランプリー作品」に輝いた番組です。

舞台はスペインです。スパイの名前は、「アルカーサル・ベラスコ」。日本の駐スペイン公使須磨彌吉郎氏の「東(TO)機関」に欧米の情報を提供した人物です。番組が制作された昭和57年、須磨彌吉郎氏すでに故人でありましたが、当時の一等書記官三浦文夫氏へのインタビューで、この事実の裏付けを井上隆史氏は取っています。

映像には病床に伏す元一等書記官三浦文夫氏と看護する奥様が、写っています。脇で井上隆史氏がインタビューをしています。当時すでに90歳を越えているようでした。アメリカの公文書は、30年40年60年でそれぞれ機密文章であっても公開されています。

元一等書記官三浦文夫氏もそれを知っていて、井上隆史氏の熱心な取材に、重い口を開いたという感じです。別のところからも取材要請が来ていたようですが、奥様の口添えで取材が叶ったのです。私の好きなフリー百科事典ウィキペディアから以下の文章を取りました。

日米交渉の行き詰まりにより、開戦は必至の情勢となる中、須磨は、親枢軸的なスペインを拠点にアメリカの情報を収集することを構想し、1940年12月、「東機関」を開設、その指揮のため自ら駐スペイン特命全権公使として赴任した。1941年12月8日の真珠湾攻撃から始まる対米開戦後、日本は、アメリカ大陸の在外公館を次々と閉鎖させられたことにより情報収集に著しい支障をきたした。しかし、「東機関」は、欧米の主要拠点に情報部員を送り込み、諜報戦で多くの成果を挙げた。1943年時点で、アメリカの原爆開発まで押さえており、また太平洋戦争で激戦となったガダルカナル戦の最中、サンディエゴから現地に向かう船の数まで把握した。しかし、こうした情報は、日本政府・軍部に活用されることなく、またアメリカは暗号解読によってマドリッドからの「東機関」による情報を全て把握していたため、1944年半ば、アメリカによって「東機関」は壊滅に追い込まれた。

要するに日本は「情報」に対する感度が悪いようです。農耕民族の性かも知れません。草取りと水の調整だけしていれば収穫にありつける日本。獣がどこに群れているか情報収集が欠かせない狩猟民族。その日本にあっても、明治前には忍者や隠密役が跋扈していた日本のはずだが。

それを司馬遼太郎は、日本が日露戦争に勝利してからおかしくなったと書いています。第2次大戦にあって、陸軍は陸軍の海軍は海軍の情報を持ちながら、それぞれがばらばら、まさに断片的に集められて、相互に交換することもなかった。外務省もその溝を埋めることは出来なかった。

特に勝った勝ったなどの威勢の良い情報は上へもあがるが、負けた苦しい助けを請うなどという女々しい電文は、全く無視されたようです。アメリカの情報参謀の存在と全く対極をなす日本の中枢機関です。昔も今も、情報管理室は、トップの下に要るようです。

アメリカは「パープル」という暗号解読器(スーパーコンピュータ)を駆使して、今日、日本から海外へ送られた電文、また海外から日本へ送られた電文を翌朝ルーズベルト大統領や情報参謀などに手渡し、読んだ物は2部を残し、全て廃棄されたと言うことです。もっともその1部が、アメリカのマジックファイルとして、30年後40年後に陽の目を見ているわけです。

これに対して日本では、ほとんどの物が廃棄処分されています。水に流すという日本の伝統かも知れませんが、これでは歴史に学ぶことになりません。菅直人氏が厚生大臣の時、エイズに関する資料が紛失して、一時出てこなかった時がありました。あんな感覚ですね。隠せば全てが解決すると考えるやり方。

日本の情報は、アメリカにすべて筒抜けだったのです。真珠湾奇襲攻撃も山本五十六大将の爆死も、日本の電報を解読したアメリカ軍が待ち構えて撃ち落としたのです。たまたま山本五十六大将が搭乗していたのではなく、山本五十六が乗っている飛行機をアメリカは墜としに来たのです。それだけ山本五十六大将は、情報に関しても日本人にしてはアメリカが嫌がるほど情報に敏感な軍人だったのでしょう。

そして番組の最後に、元陸軍情報部№2の有末精三氏へのインタビューを取り上げ、「情報の査かく(断片的な情報を一本化する)」するところがなかったと語らせています。情報の源は人脈です。先の須磨彌吉郎氏は、6カ国語が堪能だったと言われています。

話しは飛びますが私は講演後に許された質問で、今日7日は北方領土の日と言われているが、北方領土問題をどのように捕まえているかお聞きをしました。これに関しても過去に取材をして番組を作ったことがあるそうで、「返還の時期を逸した」の言葉と、「4島返還は無理、良くて歯舞群島と色丹島の2島返還」と断言されました。

北方領土の日は、1855年(安政元年)に江戸幕府とロシア(当時は帝政ロシア)との間で最初に国境の取り決めが行われた日露和親条約が結ばれた2月7日に決まったのですが、私も最近孫崎享氏の「日本の国境問題」等を読んで、4島一括返還はされないと思い始めています。

小欄読者の田村日出男様からも、この北方領土問題に関する手紙を頂いています。ロータリクラブの会報誌に掲載したもので、40年前に書かれたものです。氏は現地まで赴き、眼下に広がる彼の地を見て、意見を述べています。

しかしロシアのこのところの動きを見ていると、今がチャンスだとも私は思います。価値のないところへ大統領が来たりしません。意図もなく領海侵犯もしません。ロシアももう戦争はする気がないと思います。アメリカもオバマ大統領が、よほどのことがない限り出兵はしないと断言しています。

だからアメリカは、中国の尖閣問題に苦慮しているわけです。日中が小競り合いになったら、一番困るのがアメリカです。ロシアも早くやれとけしかけていると私は捕らえています。アメリカもシェールガスを日本へ出すことにしました。これはロシアのエネルギーが、日本へ来るからです。両大国とも経済効果が欲しいのです。

誰か外交官はいないのですかね。政治家は頼りになりません。日の丸を背負って、ロシアと平和条約締結に命をかける公務員はいませんか。国家公務員も給料は下がり、待遇は冷遇が続き、やってられないと考えるところでしょうが、日の丸しょって、弱気になるなよ。あんたの活躍に、これからの日本がかかっているのです。あんたならやれる。否あなたしかやれないのだから。

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