第3845回

大西正純先生を訪ねる

私は髙松商業高校出身ですが、2年3年生時は進学組に在籍しました。その時の恩師の1人が、大西正純先生です。自慢ではありませんが、1年は就職組でしたから、勉強はほどほど。それでも簿記やソロバンは、卒業時最低3級と言われていましたが、簿記は1年で2級合格でした。ソロバンは、3級が精一杯でした。

2年生になって7組に編入されましたが、最優秀は京都大学へ合格した岡田一博でした。そのほかにも、神戸大学、広島大学など旧国立一期大学合格者が4分の1位いました。香川大学などの二期校へは半数の20人くらいが合格しました。その他が私のような私立大学入学生でした。

商業高校に、「英語実務科」という特別進学クラスを新設する前年と言うことで、先生も頑張っていました。その立役者の1人が大西正純先生であったと言っても過言ではないと思います。小林校長先生の肝いりで、大西正純先生は張り切っていました。まじめを絵に描いたような教師でした。

奥様の実家姉妹が弊社近くにいると言うことで、その地に、昨年9月に新築して10月から移り住んでいるとの知らせは頂いていました。忙しいと言い訳をしながら、できの悪い私としては行きにくいのです。新年頂いた年賀状にも、「大勢が近況報告に来ている」と書かれてありました。そこで一計を思いついたのです。

新年3日に同窓会をした龍雲中学校の同窓生がもまだ名古屋に帰らず地元にいて、7日の同窓会反省会へも来ていた十河照一氏を誘うことにしました。彼も私と同じように、髙松商業高校へ進学したのを思い出したのです。加えて照一は、3年間大西正純先生にお世話になった愛弟子です。

写真のように今の大西正純先生は、元気そうです。少なくても口撃は全く衰えていません。これまで幾度か病に襲われたと言います。糖尿病で、片目が失明寸前ともききました。しかしあの頃に比べて、体重が30㎏ぐらいも落ちたのではないでしょうか。

翌年の昭和44年から英語実務科が誕生し、大西正純先生は17年間頑張ったそうです。その間に東大合格も数名いるようです。現役の香川県議会議員、都築 信行氏も高松商業高校出身ですが、彼は確か岡山大学卒業でした。以前小欄にも書きましたが、商業高校出身者で東大入学者数ランキングでは、高商は横浜商業高校に続いて全国2位です。

香川医大病院の部長さんが、高商出身という話しも聞きました。医者の出身校が商業高校というのもユニークじゃないですか。実に痛快な話しですし、大西正純先生の話しもあながちホラでもありません。84歳と言われましたか、まだまだお元気です。晴耕雨読の毎日だそうです。

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