タブーをタブー視しないこれからの日本人


新しく計画されている香川県立中央病院の移転先が、今既に工事が始まっている高松市朝日町の彼の地で良いのか、四国新聞社と時事通信社の実施したアンケートで、県民の6割近くが「No」と答えたようです。
これを私は、これまでのタブーに蓋をする国民性が、21世紀に入ってからの閉塞感から来るイライラや、先の東日本大震災の被害拡大わけても偉い人の言う想定外という言葉が信じられないことから来る大変革ではないかと思います。
これから先の日本人の、DNAさえも変わる大変革だと思います。その一端は、福島原子力発電所事故から発する放射能汚染です。絶対安全と言われていて、しかし本当かと言うタブー。停められないものを作るべきではないと言った人がいましたが、まさにこの一言だと思います。
幾ら便利で割安でも、「安全安心」には「絶対」の裏付けが無くてはなりません。少しでも不安があるのであれば、「もう工事が始まっているから」と言って100年先まで続く病院の立地に妥協はなりません。
先の東日本大震災で、壊れた岩手三陸海岸の防波堤は、見る人が見たら「やっぱりね」という壊れ方だったとも言われています。その大部分が、「小沢一郎先生が作ってくれた絶対に崩れない防波堤」のはず、とも言われていました。
高松市朝日町が海の横の埋め立て地で、地震による津波や液状化被害などが言われていて、「絶対的に安全安心」でない立地であることから、公立病院の地理的バランスなどという面子に拘らずに、今の場所を捨てでも、再考を御願いしたいものです。
はなから「現在地」という答えを置きながら、学者先生の「大丈夫」というお墨付きを付けた程度では、タブーをタブー視しないこれからの香川人代表が現れるかも知れません。後世に何を残せるか、恥だけは残したくない心境です。
沖縄の現代版組踊りに、「肝高の阿麻和利(きむたかのあまわり)という舞台があります。阿麻和利という主人公の半生を描くドラマで、うるま地域の中高生総勢100人が演じる舞台です。肝高とは、「心豊か」「気高い」「品位がある」という沖縄の古語だそうです。