100年前ひとりで日本の地を踏み天才を育てた女性レオニー


彫刻家イサム・ノグチを育て、自らも波乱の時代を生き抜いた一人のアメリカ人女性「レオニー・ギルモア」の生涯を、製作・脚本・監督松井久子がスクリーンに描いた力作です。
私が日記に映画を書くと、鬼も笑うと思いますが、この作品は高松に縁が深くて、松井久子監督の第三作を応援する会マイレオニー事務局という組織が高松にあって、その熱心な応援者、國方秀昭さんの奥様から薦められたものです。
今日は定休日で、東京でセミナー受講を計画していましたが、飛行機の予約を忘れて行きそびれてしまいました。こんな日も、1日ぐらいはあります。映画レオニーを見るという第二計画もあるにはありました。
そして、その第二計画を実行することになりましたが、さて廉価(事務局が角川映画と協定をして)で購入したチケットが見当たりません。新旧鞄の中、クリアファイルの中、探しましたがありません。時間が開演の15時に迫っています。ほぼ諦めて、毎日使う経営指針書の横を探っていると、手術後の生活アドバイスを書いてくれた看護生の書類の間に挟まって、二枚のチケットがありました。
1969年、ユネスコ庭園への作品素材に香川県庵治町・牟礼町(現・高松市)で産出される花崗岩庵治石を使ったことをきっかけに牟礼町にアトリエを構え、「あかり(Akari)」シリーズを発表しました。ここを日本での制作本拠とし、アメリカでの本拠・ニューヨークとの往来をしながら作品制作を行うことになったと聞いています。
牟礼町に、イサム・ノグチ美術館があります。私もまだ行ったことがありませんが、是非この機会に足を運びたいと考えています。また余談ですが、彫刻家流政之氏のアトリエも庵治町にあります。ここは比較的多くに開放されていて、私も公益財団法人流財団後援会のメンバーです。
流先生が、1923(大正12)年うまれ。1904(明治37)年生まれのイサム・ノグチとは19歳の年の差がありますが、一緒に仕事をしたこともあると流先生から聞いています。
イサム・ノグチが生まれた頃は、NHKが盛んに放映している「坂の上の雲」第2部の時代です。日本がロシア国と戦争をする前ですから、アメリカも決して豊かな時代ではありません。そんな時に日本人の子供を産み、子供と2人して逃げ帰った夫を頼って初めての日本の地を踏むレオニー。
力強く生きたアメリカ女性を、逞しい日本人監督松井久子が描いています。どうぞご覧ください。