宇高航路フェリー2社撤退100年の歴史に幕
高松と宇野間を運航している「四国フェリー(高松市)」と「国道フェリー(高松市)」の2社は12日、運航の廃止届けを四国運輸局に提出し受理されたと報道されています。これでこの航路に就航する連絡船・フェリーは、完全になくなる訳です。
両社とも、3月26日の最終便をもって最後とするようです。フェリー就航から50年、旧国鉄時代の連絡船を含めると、今年でちょうど100周年を迎える宇高航路ですが、瀬戸大橋の通行料金が1000円になるという景気対策に、皮肉にもとどめを刺された感じです。
私の率直な感じでは、瀬戸大橋が開通して20年間、フェリーが自助努力の甲斐あってかよく存在しているなと思っていました。開通にあわせて大枚の補償金を受取り、どっこい生き延びている「宇高フェリー」に、役割を担って存在しているなと価値を認めていました。
私も大橋開通後、安くなったフェリー料金を利用して関西圏のスキー場へ行く際には、やはりこのフェリーを使っていました。過去には「日通フェリー」も就航していましたから、それなりに割引などの競争がありました。大勢で行くものですから、全員が集まる帰りの1時間は、費用の精算等の時間で非常に有意義な1時間でした。
これが無くなると、選択肢が1つになり、まあどうしてもやっていけないと言うことはないと思いますが、「あると便利でもなければどうにかする」という感じですか。地方が抱える、「加工度の低さ」の象徴みたいな減少です。
では求められる、逆に「加工度が高い」とは何か、一例で、ぺんぺん草の加工度を上げ究めると「シャネルの5番」のような香水になります。鉄や銅アルミニュームなどの鉱石も、原石を加工し続けると「携帯電話」(の部品)になります。
どうしてもなければ困るという水準まで高められたら、地方のそれも残ります。宇和島のジャコ天、関のアジ鯖などは一見加工度は低いように見えますが、ブランド化が「加工度」なのです。
香川県は今年瀬戸内海を舞台にした「瀬戸内国際芸術祭」を計画していて、突然の知らせに驚いていると思います。瀬戸大橋という大物に、内海フェリーという小物が敗れた構図ですが、日常の庶民は小物を使っている訳ですから、無くなってしまうのは何とも切ないものがあります。