テレビ東京ルビコンの決断は高松商店街の再生20年を紹介
親友武藤忠数の御尊父の仮通夜で、帰りが遅くなりました。女房が、「高松が全国区や」と騒いでいました。テレビ東京の経済ドキュメント番組「ルビコンの決断」で、高松の再開発が放送されています。実在人物を俳優さんが演じて登場します。よくあるパターンですが、本人より美男美女にそして若く描かれています。
番宣を見ると、以下のように紹介されています。
http://www.tv-tokyo.co.jp/rubicon/backnumber/100107.html
2010年1月7日放送
あなたの“ふるさと”は大丈夫ですか?
~前代未聞の商店街再生 20年間の軌跡~
バブル崩壊以降、日本全国での商店街の衰退が止まらない。シャッター街となってしまう商店街も後を絶たない。そうした中、5年前に比べて、人の通行量も商店街の売上高も格段に伸びている商店街があるという。
香川県高松市にある高松丸亀町商店街だ。実はこの商店街はバブル真っ只中の1990年ごろから商店街の危機を感じて、改革に取り組みはじめていた。
その中心人物となったのが、商店街で靴屋を営んでいた明石光生さん(布施博)と、東京から乗り込み、前代未聞の再生案を打ち出した、都市計画の専門家、西郷真理子さん(岩崎ひろみ)だった。
その前代未聞の再生計画とは、商店街で会社を作り、その会社が商店主から土地を借り上げ、まったく新しく商店街を一から作り直そうという計画だった。
店舗の配置を変え、お客さんが集まりやすい商店街に変えていこうというのだ。しかし、店舗の移転や、業態転換さえ求められる、そんな奇想天外のプランに商店主たちは猛反発。何度も計画は頓挫しそうになる。いったいどうやってその計画を実現したのか?
商店街再生に情熱をかけた人たちの、20年間の苦闘のドラマを描く。
また、衰退していく“ふるさと”の商店街をどう再生すればいいのか、その道筋を探っていく。
現場ではすでに第2工区が完成して、第3工区に取りかかるところです。昭和50年代高松は、通信販売(セシール・シムリー)が元気で、販売量が多い割には店舗面積がすくないという理由で、大型店が大挙して押し寄せました。
日本中どこにでもある現象です。おまけに商店街に後継者が店舗上に住まず(狭くて住めない)に、郊外へ移り住んだのです。自らが自動車社会の主役になってしまった訳です。早く閉店したい、子供のつき合いもしてやりたい。いろいろな思いが交錯して、徐々に中心市街地に人が住まなくなりました。この部分はテレビでは紹介していませんでしたが、単なる大型店に蹂躙された結果という以上に、自分たちの原点回帰が必要であると言うことをみんなが理解した結果だと思います。
現場では低層階がテナント(商業)部分、上がレジデンシャル(居住用)部分となっています。この重層階の作りは昔と同じですが、問題はレジデンシャル部分が大きいというか、戸数が多くなったのです。多すぎるとは言い切れませんが、穴吹工務店の破綻も作りすぎがその原因の一つです。
なくて困るもの(だから郊外へ移り住んだのです)、ありすぎて困るもの(余ったスペースが全部売れるか)このバランスが大切です。足を知ると言うことですかね。