2010年年賀状に思うこと

わが社はいまだに年賀状に拘っています。と言っても特段これと言えるようなものではありません。印刷の締切期限ぎりぎりで原稿を送るのですから、決して褒められたものではありませんが、紙に印刷したものをお出ししています。
そして毎年この時期に、頂いた年賀状の整理をして、慌てて出すのも多少はありますが、ほとんど印刷したものが残っていなくて、「失礼します」というケースが多いのです。
その中で今年の傾向は、これはあくまでもわが社だけのことですから、評論家になるつもりもございませんが、感じたままに少しだけ述べさせて頂きます。
一番は、帰ってきた年賀状が圧倒的に多かったと思います。中には数年前に変わったんだけど、いままでは郵便屋さんが届けてくれていたというのもあるようです。わが社も10数年前に今のスーパーマルナカ仏生山店東隣に移動しましたが、引っ越した距離が近いというのもあって、いまだに10数年前の住所で届いています。
だからこの帰ってきた年賀状をどう捉えるかということは、判断が難しいのですが、単純に「そこにいなくなった」と考える方が、数的には多いと思います。すると戸建て住居であれば、独居老人の退去ですかね。
アパートマンションであれば、単純に引越でしょうか。
一方、「事前の調査で不在でした」という張り紙が付いて帰ってくるものもあります。事業所に多かったと思います。みんながみんな、小さいか安いところへ移転したとも断定は出来ませんが、その傾向は確かにあると思います。
一時期は年賀状がメールになったりもしましたが、これは定着しなかったと思います。画面上で動いたり、風景が変わったりして「面白い」ものではありましたが、これが千通も来たら見るのも大変です。
そして年賀状の数ですが、今日になってもどんどん来ています。出すのが遅くなったのかも知れません。また新年を迎えての元旦(正月1日の朝をこう呼ぶそうです)の写真を送ってきたり、年が明けてから書くという「確信犯=本来の姿」まで、確かに多様化しています。
総数では減少している年賀状ですが、来年は師走20日までには印刷を完了し、少しのコメントでもそこに書き添えたいと考えています。
今年の年賀状の貢献率(出した数に対する貰った枚数)は、35%程度でした。その中で一番嬉しかったのは、高商時代の優等生岡田一博からの年賀状です。おじいちゃんになったと共に、某大手証券会社の「取締役」と書かれていました。私はもう子会社か、下手したらどこにいるか分からなくなったかと心配するこの頃でした。
かと思えば、自宅を売却されて埼玉へ移り住んだお客様から、「高松の○○店の社長の音沙汰がとぎれたのだが、松野さんは知らんかね」という年賀状がありました。たまたま私の釣りの師匠で、直ちに携帯電話つないでこの件を伝えました。その後長い電話が続いたことでしょう。