変わりゆく日本で変わらないものがあるはずです
私の尊敬する人の一人に、現役の高松市消防局署員Tさんがいます。アマチュア無線の先輩ですが、消防司令室の主みたいな人です。
残念ながら久しぶりにお会いした席は、木太正宣さんのご母堂様の葬儀告別式でしたが、これからの市消防局のあり方について、困った現実について忌憚のないところをお聴かせ下さいました。
問題は、救急車の私的利用と熟練署員の退職で、現場の経験が後輩に継承されていないことだそうです。先の救急車は、特定の市民がタクシー代わりに使う現状です。自分で119へ電話すると相手にされないので、第三者に通報を依頼するという手の込んだやり方です。有料化も検討課題にならざるを得ないと思います。
本当に救急救命措置が必要な患者がいたにもかかわらず、出払っていたらもっと遠い所の救急車が現場へ向かいます。私が救急救命措置の方法を学んだ際にも、「救急車が来るまでの時間」を救命措置でつなぐと教えられました。
次の問題は、熟練した消防士の退職です。現場経験の少ない署員が多くなって、技術の伝承がされていないと嘆いていました。
高松市もご多分に漏れず、市の会計は消防署員を増やす方向にはありません。現に来春、地元の「仏生山出張所」と隣の「太田出張所」がなくなります。ここには救急車がいません。本署の一つ「高松南消防署」の移転に伴う合理化の一つです。
高松市消防活動の軸足を、「消防団」に置いているように私も見ています。地元には自警消防団が組織されていて、火災現場に近い消防団が消火に当たるという構想です。
さて先の「技術」の承継ですが、企業では比較的これが上手くいっています。熟練工の定年延長や再雇用で、現場に立つことが出来ます。しかし市は予算主義ですから、いるものでも使えない、いらないものでも使い切ることがルールです。
このルールを変えてでも、今、伝承しなければ何も残らなくなります。先人の現での経験は、代替があるものでは決してないと、私は思うのですが。