盛和塾岡山市民フォーラム稲盛和夫塾長講話



岡山市の「岡山シンフォニーホール」に2,000人を集めて、岡山塾主催の市民フォーラム「人は何のために生きるのか」が開催されました。1階から3階まで、満席です。
先のニューヨーク市民フォーラムでニューヨークを訪れた際に、ニューヨーク塾生の「星衣里江」さんに、「日本の塾生は毎回塾長例会に参加できて良いね」と言われて、頭をガーンと殴られた気分でした。
そうなのですね、「いつでも行ける」という認識は、「いつまでも行けない」という現状にストレスを感じて、良いことを思い、良いことが出来ないのです。素直になればいいのです。近いから行く、便利だから行く、どうしても塾長の生の声を聞きたいから行く。
私は日本へ帰って、その後の塾長例会のなかで、比較的交通の便が良いところを選んで全部申込をしました。その中の一つが、ここ岡山塾長例会です。
塾長は、例の中国の明の時代の、日本の豊臣徳川の時代ですが、陰隲録(いんしつろく)を書いた袁了凡(えんりょうぼん)の話しを持ち出し、「運命と立命」(安岡正篤著)の話しをされました。
稲盛和夫塾長はこの「運命と立命」を、「運命と因果応報の法則」と言っています。今日のこの話しは過去にも何度か聞きましたし、また一昨日の土佐遍路路でも、偶然ですが車内で「塾長講話集CD№4」を聞いていました。私も稲盛和夫塾長の話しで、失礼な話しですがこれが一番肌に合います。
運命という縦糸があって、因果応報という法則の横糸があり、その人の人生を歩むのです。袁了凡は、幼少の頃老師に告げられた運命を信じて、何の迷いもないままに生きてきました。
そして地方へ赴任したある日、座禅を雲谷禅師に薦められました。その座禅の姿を見て、雲谷禅士は袁了凡になぜかと尋ねます。しかしかこうこうと過去を述べると、「何とあなたは愚か者か」と叱責され、妻と共に次の日から良いことを考え、よいことをすることにしました。
結果、運命で言われた53歳で死ぬこともなく、子どもが出来ないという老師の言葉に反して、「なあお前、お前という優れた子どもにも恵まれた」と子どもに昔の話しをしているのが、陰隲録です。
因果の法則は、結果が出るのに時間がかかるのです。だから善きことをしても一向によくならず、悪いことをしても繁栄が続いている現状を見たら、因果の法則はにわかに信じられないのです。
もう随分前になりますが、京都大学の「宇宙」を専門に学んでいる教授に聞いたことがあるそうです。137億年前に宇宙が誕生しました。素粒子の固まりにしか過ぎなかった宇宙が、大爆発を繰り返しながら、誕生しました。陽子をつくり、中性子をつくり中核子をつくり、原子になり電子を帯びて元素になったのです。原子は原子と反応して、次から次へと化合物を造ります。
やがて変化を遂げて、タンパク質という化合物を造り人類の誕生へ繋がるのです。
地球が誕生して40億年です。これが現在まで進化してきました。進化発達が、宇宙の意志ではないかと思うようになりました。素粒子でさえも長い月日で、「意志」を持つのです。
試練は不運だけではなくて、幸運も試練です。自然が神様がその人を試そうとしているのです。巨万の富を得た幸運も試練なのです。美しい心、美しい魂をつくるために、試練もあるのです。試練に際して魂を磨くのです。
今日京セラは1兆3,00億円の売上で、1600億円の利益を上げています。どこにいるような子どもだった私が、善きことを思い、善きことをするならば、この程度の結果は誰がでも得られるのです。
やさしい思いやりを持った会社でなければ、今の金融危機のなかで生き延びてはいけないのです。中国のことわざに、謙のみ福をうくというのがあります。傲慢になってはいけません。
76歳の私は、70歳になった頃に、これからどうするかと考えました。人間誕生から20年間は、世に出るための準備期間です。そして40年間一生懸命に働き60歳を迎えます。平均寿命が80歳とすると、残りの20年間は死への準備期間なのです。
生まれた時に持ってきた魂より、すこしでも魂を磨いて死ぬのです。
自分の魂を磨くために人生があるのです。人は少しでもましな人間になって死ぬために生きるのです。
人は幸せな人生を生きる権利があるのです。こころの有り様だけで、幸せになれるのです。心の手入れをして、人間として良いか悪いかを判断基準として生きるのです。
明るく前向きに生きるあなたの人生に、因果の法則がそこにあると思います。