母のくれた一粒の梅干し
この数年、入退院を繰り返している痴呆気味の母親が、ご飯の度に「梅干し」を所望するのです。先読みした妻が買って瓶に小分けしているものを、一粒ご飯の上に乗せます。ご飯を残してもその梅干しは、種だけになっています。
話しは40年以上さかのぼりますが、私が10歳の年に、父親が病死しました。それから母が家業の製麺所を継いで、私と妹の恵三子を育ててくれました。病院や学校給食用のうどんを作っていましたから、注文の多い時は早朝4時から働いていました。大変苦労の末に、出来の良い妹と出来の悪い私とが育ったのです。
小学校は、給食でした。しかし中学校は、弁当でした。忙しいのと、元来料理がさほど得意でない母は、弁当もてんこ盛りで、決して美しい弁当ではありませんでした。
私は中学校の頃は、身長も高い方で、勉強はそこそこでしたが運動も得意で、劣等感とはおよそ縁のない子でした。
しかしただ一つ、この弁当の時間だけは人目を避けて、隠れるようにして一人食べていました。それでもたまには、私の好きな糸こんにゃくすき焼き風という時もありました。母の名誉のために書いておきますが、リンゴ入りのハムサラダと、うどん焼き、ソバ焼きは、絶品でした。
女子が集団で、弁当を出し合って食べています。初恋の○○さんもいます。みなさん明るくて屈託がない表情です。そんな中で、私だけが一人落ち込んでいました。
そんなある日、最悪の事態が発生しました。なんと弁当におかずがなくて、大きな梅干しが一粒だけ入っていました。この日ばかりは帰って、恨みの限りを母親にぶっつけていました。
ところが母は、さほど悪びれた所もなく、「ふーん」と良いながら向こうに行ってしまいました。向こうで愚息の罵詈雑言に、涙していたことでしょう。言ってしまった私は、四六時中働く母親に、「すまなかった」と大変後悔しました。その後弁当がどうなったかさほど覚えがないのですが、きっと改善されたのだと思います。
そして今日、せがまれて梅干し一粒ご飯に乗せながら、「そうか母は、梅干しが大好きなんだ(実際毎食、梅干しを食しています)、だからあの時も、せめて大好きな梅干しを入れてくれていたんだと」。
私は休肝日を除いて、焼酎のお湯割りを飲んでいます。家ではビールや日本酒をほとんど飲みません。春夏秋冬、焼酎のお湯割りですが、そう言えばいつも梅が一粒入っています。