偉大な先人LC国際協会336-A地区元地区ガバナーL久米一郎
悲しいことにL久米一郎さんの告別式でした。地区ガバナー(1998~1999)とは、ライオンズクラブの世界の四国州知事です。今は元地区ガバナー、地区名誉顧問という肩書きです。
久米一郎様は、1959年10月高松ライオンズクラブに入会。ライオンズ歴50年です。クラブ会長を2度、ゾーンチェアマン、リジョンチェアマン(現リジョンチェアパーソン)を歴任されています。まさに「ミスターライオン」と呼ばれるのに、ピッタリの人でした。
元地区ガバナーとなると、自分のガバナーとしての任期が終わっても、地区の節目節目に呼ばれることになります。従って6月までの4R・RC塩田博志が主催する行事にも、お元気に出席されていたのに・・・。
久米一郎さんが、ガバナーを退任してもう20年になります。私が入会して、5~6年目のことでした。高松市総合体育館で年次大会をしたように記憶しています。この時は、かなり無理をしてという印象がありました。体育館で飲食は、経費削減のしすぎです。
また久米一郎さんは、高松青年会議所の創設にも尽力したそうです。私は鎌田道海元県議が高松JCを創ったと聞いていましたが、久米一郎さんもそのお一人だったようです。
また告別式で、福祉団体ミルキーウェイの坂口正子さんにお会いしました。坂口さんは身障者の授産施設を運営されています。もう20年近く仕事を通じて親しくして頂いていますが、花輪を供されていたので、そのご縁をお伺いしました。
聞くとちょうど20年前に、私が最初の賃貸物件を斡旋したのですが、その際に移転費用として久米一郎さんが、「坂口さんに委ねると10倍100倍に使って下さる」と言って何と、100万円の寄付をされたのだとか。「あれがなかったら、今のミルキーウェイはありません」とは、先の坂口正子さんの弁。
最後に喪主・久米龍之介さんの会葬御礼がありました。高商の先輩で、9月の紫雲総会でもお会いしました。御尊父の入院は、全く知りませんでした。挨拶が終わって、とたんに踵を返して右手を上げて遺影に向かって、「親父―ありがとう」との一声が先輩らしい表現方法だと感心しました。ご冥福をお祈りします。