第2139回

第40回3Z・ゾーン年次会(家族会)inツインパルながおアリーナ

この1年間(7月~6月)を締めくくる行事が続きます。本日は香川県の東方面(ライオンズクラブ国際協会336-A地区4Rと称します。)にある23クラブの中の、5クラブ(東かがわ・志度・三木さぬき・高松グリーン・長尾)が所属する3Zの年次会です。

日頃ゾーンが違うもので、参加することはありませんが、今年は4R・RC塩田博志のアシスタントとしてこの5クラブも志度ライオンズクラブを除いて、すべて例会訪問をさせて頂きました。そのご縁でしょうか、本日は私までもひな壇へお招き頂き、感謝状まで授与されました。望外の喜びでございます。

本日のホストは3Z・ゾーンチェアパーソン(男女同権で「マン」から「パーソン」に変わりました)L田中克己氏です。そして所属クラブの「長尾ライオンズクラブ」がホストクラブとしてメンバーが、家族を動員して手分けしてお世話しています。

いろいろな余興が企画されていて、「沖縄エイサー」「よさこい踊り連」で舞台が盛り上がっていました。私は最後のビンゴーで、珍しく一ケタビンゴ(上位10人に入りました。)でした。あじさいの花を、恩師に贈呈しました。

私はと申しますと、志度ライオンズクラブ所属の銭谷禎人(ぜにたにあきひこ)さんと話し込んでいました。先生は平成14年に、高松西高校を校長で定年退職されました。昭和45年から2年間、高松商業高校で英語の指導を受けた私です。

「ワシが腰の手術で入院しているところに、お前は一升瓶を下げてきて、「早く元気になって飲めと言った」、お前はどこか変わっていた」と大変お褒めを頂きました。私が明大に合格できたのは、この先生の指導のお陰と私は今でも大変感謝しています。東京の大学へ進学したことも、先生は当時、大変喜んで下さいました。

銭谷禎人先生は、広島県呉市出身です。4歳の時、原爆被害で御尊父と死に別れ、広島大学を卒業後、香川県教育委員会に採用され、平成14年3月まで、教鞭を執ったのでした。

歯に衣着せぬ物言いの先生でしたが、最後までそれを貫いたのは、万人に真似の出来ないことです。今でもライオンズクラブのしきたりが気に入らんと、全くの無役(理事にはなっているそうです。)のようですが、私からすれば「銭谷禎人よく入会した」と申し上げたい。退職するまで両隣の旦那の顔も知らなかったという男が、ライオンズクラブに所属し、毎回の例会と理事会・委員会にかならず出ているのは嬉しいことです。

ライオンズクラブも所属25年となりますと、旧知の顔もたくさん出来ます。がしかし、あの鬼のような顔が、今は穏やかで、私は師が良い定年後をすごしていると感じました。しかし困りました、兜修(兜石油社長)と3人でまた飲む計画を所望されました。先生は強いのです。困ったものです、オーイかぶとやい・・・。

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