春の叙勲受賞者の一人に樋口浩良さんが木材業振興功労で


今日は国民の祝日「昭和の日」です。叙勲の日でもあります。嬉しい知らせです。朝刊に樋口浩良さんの「旭日小綬章」授賞の報道がありました。出社して、早速ご自宅へ祝意の電話をしました。
樋口浩良さんとの出会いは、氏が香川県中小企業家同友会第4支部へ入会された1986年でした。その後、樋口浩良さんが高松ライオンズクラブ(設立50周年超)で私が高松栗林ライオンズクラブ(設立45周年)で、この世界でも樋口浩良さんはクラブ会長に留まらず地区キャビネット副幹事まで勤め上げています。
温厚で、ソフトボールの名手という印象が今でも変わりません。同友会でも、ライオンズクラブでも、特にライオンズクラブでは所属ゾーンが異なり、通常は参加が許されないソフトボール大会への参加も、快く勧誘下さいました。理由は、このチームが強いのですが。何度やっても負けてばかりです。同友会では、頼もしいチームメイトでした。
一方木材業界では、日々の精進はもちろんのこと、国産ヒノキやスギの良さを知って貰おうと実行委員会を組織して、「ウッディフェスティバル」を開催し、20回を数えるまでに恒例化しています。
また同友会にあっては支部長はもとより、長く「同友会大学」の運営に寄与されて、その修了証は樋口さん考案のレリーフが今でも使われています。今は70歳で、同会の相談役です。
私から樋口浩良さんを評するのはおこがましいのですが、自らが次男であり2歳年上の御長男を立てるために、決して長男の上に立たず、「豊臣秀長」(豊臣 秀長(とよとみ の ひでなが/とよとみ ひでなが)/羽柴 秀長(はしば ひでなが)は、戦国時代(室町時代後期)から安土桃山時代にかけての武将・大名である。豊臣秀吉(羽柴秀吉)の異父弟(小和田哲男著『豊臣秀吉』(中公新書)によると同父弟)。幼名は小竹(こちく)、通称は小一郎(こいちろう)。秀吉の片腕として辣腕を奮い、文武両面での活躍を見せて天下統一に貢献した。)象を彷彿させる名補佐役。
世の中に、トップになりまたなりたがる人物は数あれど、名補佐役は1,000人に1人(堺屋太一著「豊臣秀長―ある補佐役の生涯〈上〉 (文春文庫)」)と言われています。
あくまでも一般論ですが、補佐役の器が大きくなければ、名補佐役としての役割は務まりません。受賞は創業者の父樋口佐一さん(97)に続き、親子二代になって、この親孝行の方が、樋口浩良さんは嬉しいのでしょうね。
さらにその甥っ子に、樋口範明(㈱マイブレン社長)さんがいます。長男さんの次男ですが、彼も宅建業界の名補佐役になることでしょう。名門の血筋ですかね。