第8170回

名取海岸林再生現場へ入る

東日本大震災からの津波で、被害を受けた海岸林の復興作業が、震災から程なく始まってもう12年以上続いています。いま、海岸のマツの苗は人間が備えた風よけ、砂よけの柵によって守られています。マツが人間を風や砂から守り、さらには津波などの自然災害と最前線で戦えるようになるまで、まだ長い月日がかかります。オイスカはその保育までを、この先もやろうとしています。

「一つのNGOでも、志と情熱をもってことに当たればこれだけの成果をなしえる」と経済学者で公益財団法人オイスカの会長渡辺利夫氏は、『松がつなぐあした(小林省太著・愛育出版)』の増補改訂版の帯に書いています。ざっと言うと100ヘクタール(野球グランド100個相当の面積で500Mの幅では20㎞に及ぶ)にマツの苗37万本を種から育て、1本1本手で植える前代未聞のプロジェクトだった。

名取海岸林再生プロジェクト10カ年計画は終わり、その成果として『海岸林再生の碑』が2021(令和3)年7月21日に、『名取市海岸林再生の会(鈴木英二会長)』によって、名取の海岸林のほぼ中央で除幕式があった。高さ240㎝幅144㎝、厚さ21㎝重さ2.2トンに1400字を書き込んだモノだ。「ひっそり、淡々と」佇んでいる。観光客の目に触れることは、恐らくないだろう。

『名取市海岸林再生の会』の鈴木英二会長とも、名刺交換をしました。仙台空港隣で便利な、(有)三英駐車場の代表取締役をされている。こうした会の代表は、不労所得がなければ続かない。オイスカ四国支部からの7人も、作業をしました。全員が真新しい長靴を持参して、やる気満々松林の中に入ります。1チーム4~5人で、マツの身長と胸囲を測定します。1本1本に番号を打ち、長く定点観測をしています。

エリア毎に干ばつ25%、50%、干ばつなしと分けてその成長を計測して『野帳』に残しています。オイスカの現場責任者・オイスカの海岸林再生の担当部長、吉田俊通さん(55)は、最初が大事だったと言います。そもそもマツが植えられている場所は、林野庁が3メートルの盛り土をしてその上に植えている。この盛り土の善し悪しで、生育に大きく差が出るという。

次に良い種から苗木を育てるのだが、ここは地元のプロ職人にオイスカが賃金を支払い委託し、植え付けまでしてもらう。災害復興策として、大変喜んでもらった。オイスカは全国に寄付を募る。植えた後のボランティア活動に人も呼ぶ。そして10年計画を終えて、今度は『保育』だという。この先は長そうだ、人海戦術をやる中で気づいたのだが、人がいる。それも熟練工を求めている。懇親会の中で隣の再生の会の会員さんが、「高松北高の生徒さんが何年か来てくれた」と誉めてくださった。

今日の香川発の重大事件は、瀬戸大橋線マリンライナー号の6時間橋の上停車事件と、国民民主党玉木雄一郎代表のスキャンダルでした。そんな中で、高松北高の生徒が誉められていました。仕掛け人は元校長で、退職後はオイスカ会員でもありました。退会されて残念です。

電話で相談 メールで相談