嬉しいメールが届きました。毎日書く日記の巧妙かな
今月7日に、自衛隊体育学校を訪問したことを、この日記に書きました。第一教育課と第二教育課があって、第一は全国自衛隊員の体育指導員の養成、第二はオリンピック選手等の養成課程と説明を受けました。以下は彼からのメールの一部です。
突然で申し訳ありません。子供の頃、松野製麺所の向かいに住んでおりました十河 浩といいます。現在46歳です。
社長日記を拝見し、誠寛さんが職場(自衛隊体育学校)に来られた事を知りました。お会いできなくて残念でした。
幼い頃 おばさんのやる素麺の乾燥や、うどん作りをずっと見せていただいたり、エミちゃんに遊んでもらった記憶があります。
大きな犬が怖かったです。今 両親は三木町に住んでいますが、帰省するたびに仏生山の思い出話に花が咲きます。
定年前には香川に帰る予定です。
業務と関係ないメールですみませんでした。
自衛隊体育学校 第1教育課体育班長 2等陸佐 十河 浩
驚きましたが、大変嬉しいメールでした。「松野製麺所」は私の実家です。「エミちゃん」は私の妹で、「大きな犬」というのは熊本から嫁いだ「ふゆ」というメスの秋田犬です。私は十河浩さんを、ぼんやりとしか覚えていないのですが、そういうものですね。目上の人は案外覚えています。
またどうして「社長日記」を読んだのかが、私にとっての大疑問でした。
ご多忙中のところ、返信までいただき有難うございます。
さて、「社長日記」を読ませていただくようになったきっかけですが、数年前に故郷仏生山周辺の現況を知ろうと思い、ヤフーで「仏生山」と検索し、つらつらと見ているうち、松野不動産のホームページ゛を見つけたのが最初です。
「社長日記」は不動産屋さんの営業ページとは思えない、仏生山再生への熱い
思い等が綴られていましたのて、引き込まれるように読ませていただきました。
私は小学校2年の夏に大阪に引越し、学生時代は京都、自衛隊に入ってからは
福岡、宮崎、 埼玉、静岡、山口、北海道、静岡、埼玉と転勤しました。
それぞれ良いところでしたし、今の仏生山よりも活気のあるところがほとんどでした。
しかし、永く住みたいとは思いません。その土地に住んで、心の安らぎを得られるだろうか? と考えた時、たった8年しか居なかった香川県(仏生山周辺)と比較できるところが無いのです。
そのような思いを持っておりましたので、盆・正月に実家(三木町)に帰った時には、 ひとり仏生山に帰り、ちきり神社、仏生山小学校跡地、法然寺、高徳寺等々をぶらぶら散歩するのを楽しみにしています。
社長日記だったと思いますが、若者の集まる街づくり等、仏生山の現状・問題点・対策が理路整然と記されており、感銘を受けました。実際に歩いてみると、まさにそのとおりで、幼い頃の町の活気が無く、さびれた町並みには寂しささえ感じました。
いやー、ふるさとは遠くにあって想うもの。十河さんのように「仏生山町(ぶっしょうざんちょう)」を熱く想ってくれている人がいると思えば、この先がとても楽しみになりました。
十河さんが送って下さったヒゲの隊長ことイラク先遣隊長「佐藤正久」さんと十河浩さんです。 http://www.0011.co.jp/company/diary/files/douki_kai.jpg
「さとう正久」さんは自衛隊を退職されて7月の参議院比例区へ立候補予定です http://www.0011.co.jp/company/diary/files/CIMG2413.jpg