滕神社の神輿渡御を見るのは久しい



11日(日)は、仏生山町にある滕神社(ちきり)の秋季大祭の神輿渡御でした。自分が担当する『出作熊野神社』の秋まつりにもいろいろ問題があり、参考になるかと本当に久しぶりですが神輿渡御を拝見しました。どこも人が足りないと言われており、人集めに苦心惨憺しています。四国新聞に石清尾八幡宮(高松市宮脇町)の秋季大祭の広告が出ていましたが、流石に高松市民の氏神様、そうそうたる芳名が並んでいます。
滕神社ですが、仏生山町民の氏神様でもありますが、今の香川町民の氏神様でもあります。行政制度が出来る前からの鎮座ですから、神は平等です。さらに言うならば、滕神社は法然寺との関係が深く、法然寺のつまり徳川高松藩初代藩主松平頼重公からの因縁で創建され、法然寺が仏生山町とともに栄えたように、滕神社も同じよう氏子を増やしていました。
お下がりですが、神社から階段を下り、一部は坂道を下りお成り街道の先端から出発します。まずは香川町の大獅子が練り歩きますが、中には10人くらいは入っているようです。次に、各町自治会からの獅子が続きます。流石に多いですね、7~8組はいます。今の時代ですから鐘や太鼓台は軽トラに乗せて移動しますが、獅子頭はもちろん人が操ります。
子どもの曲打ちが先導する獅子組もいます。これが本式だと思いますが、子どもが集まらないのもまた実情だと思います。親と同居しないことから、親の住まいの周辺で行われる神事に、子も孫もまるでお客様です。不動産屋視線でも、同居世代は本当に少なくなりました。このあたりでも95%は、新居を構えて神社仏閣との縁は切れつつあります。
一方高齢者は、己が現役を離れてもその獅子組について歩きます。こちらは私と同年齢層ですから70歳前後、口は出しても手や足はもうあの頃のようには動きません。その後に『太鼓』を叩きながら、神輿が通ることをふれます。続いて『ほし』が歩きます。唐櫃(御旅所への供物が入っている)が続き、当家と神社責任者が歩き、いよいよ神輿です。ここに大勢の人数がかかります。その後は神官・役員総代等が行列をなして御旅所を目指します。
交通整理が警察によって行われ、車両の通行が一時遮断されます。この間800m位ですか、脇道からのクルマの流入も遮断されます。こうして昔ながらの滕神社神輿渡御が、今日も無事行われました。関係者の皆さま、お疲れ様でした。来週末17~18日が第31回高松秋のまつり仏生山大名行列、その次が『出作熊野神社』秋季大祭と続きます。