神社の氏子と自治会の会員共に減少はステージを変えるまでに

『出作熊野神社』の秋の大祭の、片付けをしていました。大道具小道具の仕舞いは出来たのですが、金銭的負担の話が決まってなくて、担当者の立替が発生しており、本日仕事終わりを狙って話し合いの会がもたれました。一番の原因は、氏子が集団で神社を離れたことにありますが、自治会ごとに組織されている氏子制度も、自治会の崩壊の影響から集団離脱が散見されます。
自治会という地方自治に欠かせない組織も、古い伝統やしきたりが残っている田舎のこのあたりでも、加入率50%と聞きます。周辺にまだまだ新築住宅が建設中でありますが、こちらになりますと、自治会は未組織、ゴミは業者委託でその新興住宅地独自の回収を行っています。それでも戸数が10戸以下では、業者ゴミのコストがあわず、市ゴミのゴミステーションを一緒に使わせて欲しいという要望。
彼らは、ゴミステーションはその周辺に住まいする市民の共有財産であり、当番を自分たちでするから一緒に使いたいと申し出をしてくる。であるならば一層のこと自治会に加入したらどうですかと言っても、それを拒否する。理論は合理的に聞こえるが、そこには利己しかなく利他の精神など微塵も感じられない。高くても月間千円ぐらいの自治会費が、惜しいのかもしれない。
さらには、労務負担が嫌だという意見もあろう。ゴミ置き場の当番はするが、それ以外の役務は一切拒否するニューファミリーが増えた。子どもが就学中であれば子供会などがあり、協力的な家庭が多いが、氏子の神社離れは高齢で神社のお世話が出来なくなったという世帯に多い。それも配偶者と決別したら、身の回りの片付けさえも不自由する。残念だがこうした信仰の厚い方も、神社を去って行く。
自治会の将来は論じる立場にないのでここでは置くが、氏子の減少は『崇敬者』を増やす等の方法で被害を最小限に抑えてきたが、また神社に昔から残る『当家』制度も自治会ごとの集団離脱と高齢化のために、ここへ来て行き詰まっている。今日の話の中で『当家』は、神社の氏子の中から地域ごとの申し送り的な順番で、数年毎に回って来る。
ところがその数が減ることによって、数年が3年ごととか2年ごととか短期間にやってくるようになる。こうなると人手と、費用負担が大きな問題となる。今日の話も費用負担が、大きな問題として先送りされている。早い話が神社費の負担者が減り、これまでプールしていた金員では賄えきれなくなったことに原因がある。入るモノが減ったら、使うモノを減すしかない。
そこで取りざたされたのが、秋まつりの中で行われている『お下がり(神輿渡御)』や『七五三(しめのべ)の儀』の取りやめ、つまりまつりの中身を大幅に縮小しようという意見であります。このあたりのことは先人の意見も聞いて、何でも割愛するとなると、神社そのものの存在も要らないという究極に達しかねない。新しいステージに入りつつあるような、そんな感じがします。