第8717回

オイスカ四国支部高松推進協議会第16回総会

オイスカ四国支部の総会が4月24日(金)に終わり、四国全体の事業計画や予算づけが整い、今日の高松推進協議会を皮切りに、10の推進協議会総会が今後予定されています。本日は17時から『La‘なら別館絆』で、30人以上の参加を頂き、議案は原案通り全て可決しました。計画案では、10月の高松秋のまつり仏生山大名行列で、オイスカ特選エスニックカレーの販売復活が承認されました。

公益財団法人オイスカを広く知ってもらおうと機会ある毎に説明をしています。その際「木を植えながら人を育てる」組織だと、私はオイスカのことを端的に説明します。穀を得るは1年のケイ、木を植えるは10年のケイ、人を育てるは100年のケイとオイスカでは言いますが、オイスカは日本軍が先の大戦で蹂躙した地に米を植え、作物の種を蒔き、木を育て、人材も育成しています。

オイスカ創設者の中野與之助初代総裁が、戦後すぐから、日本軍が先の大戦で迷惑をかけた、生活環境を奪った国や地域に出かけて行って、せめて今日のひもじさから脱することが出来るようにと稲作を個人やその有志達で教えたことが、オイスカ活動の原点です。蹂躙した地に米を植え、作物の種を蒔き、木を育て、人材も育成して80年近くやって来ています。

四国研修センターの研修宿泊施設は、1961(昭和36)年にオイスカが中野與之助初代総裁の手により発足して僅か7年目の1968年3月に、高松市香南町の冠櫻神社の境内の一角に建てられたプレハブに始まります。その後13年が経過した1981年12月、綾歌郡綾川町の丘陵地に新築移転し、今年2026年に新築から45年を経過し、初期から1600人の海外研修生を受け入れ、寝食を共にしながら研鑽を積んできました。

高松推進協議会は1985(昭和60)年10月、四番目の推進協議会として発足し、当時の会長は、四国支部長を兼ねた佐藤忠義四国電力相談役でした。いまだに四国研修センターの歴史に、燦然と輝く人です。尾の瀬山のオイスカ憩いの森の記念碑に揮毫した人でもあります。私は不思議な御縁で、別の組織ですが長く薫陶を受けた一人であります。当時の功績(例えば会員数)を比べるまでもなく、燦然と今も輝き続ける人であります。

今日も研修生の二人が、民族衣装を身につけて『カントリーレポート』を勿論日本語でしてくれ、民族舞踊も披露されました。これから各推進協議会の総会が続きます。支部が主催する第2回かがわマラソンのボランティアスタッフに積極的に参加し、オイスカ四国の知名度向上に貢献したい。知事表彰も視野に入れて。

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