日米核持ち込み密約を歴代外務次官らが管理
共同通信のスクープかと思います。6月1日四国新聞朝刊の一面に、標題の活字が踊っています。私もかねてからこの問題は、日米安全保障条約のグレーゾーンだと考えていました。嘘を隠蔽しているのです。
日本政府は、アメリカ軍が日本各地の米軍基地に入港する際、または飛行機で飛来する際に、核をどこかに置いてそれから日本国内に入るのだと訳の分からない答弁を繰り返していました。
報道によれば、1960年の安保条約改定に際して、核兵器を積んだ米軍の艦船や航空機の日本立ち寄りを黙認することで合意した「核持ち込み」に関する密約は、外務事務次官ら外務省の中枢官僚が引き継いで管理し、官僚側の判断で橋本龍太郎氏や小渕恵三氏ら一部の首相、外相にだけ伝えていたことが、4人の外務次官経験者の発言として報道されています。
63年当時のライシャワー駐日大使が、香川県選出の大平正芳外相(後に首相に就任)と会談し、当時日本政府が主張していた「核の持ち込み」に「核を積んだ艦船と飛行機の立ち寄りは該当しない」という解釈の確認を要求し、大平は初めて密約の存在を知り、これを了承したとあります。
こうした経緯や解釈は日本語の内部文章に明記され、外務省の北米局と条約局(現国際法局)で管理されてきたというのです。これには驚きました。首相を先頭に、「政治家の嘘つき」と私は思っていましたから。
更に別の経験者は、「(密約内容を話して良い首相、外相かどうか)役人が選別していた」と述べ、国家機密の取扱を大臣でなく官僚が決めていた実体を明らかにしています。
もっともその密約の内容は、既に90年代末にアメリカ国内で公開された公文書にはっきり明記されているのですが、日本国内での扱いが官僚主導だったという元官僚の証言に、官僚等の思い上がりを感じ、背筋が寒くなります。
この問題は既に冷戦で解決しているようにも思えますが、アメリカの核の傘の下でぬくぬくと経済活動をしてきた日本が、(アメリカ軍による)核の持ち込みはないという主張をするのもおかしな話しです。日本へ寄港しているアメリカ軍は核を持っていないから、攻撃するなら今がチャンスだと声高々にPRしているのですよ。
いつかの外務大臣が、有事の際にアメリカの大統領は○○○○に避難しているから大丈夫という公式報道と同じです。
このことは今全国的に問題化されている、国交省中心の国の直轄事業に対して各都道府県が一部負担する「地方負担金」とよく似ています。国の(官僚の)やることだから、文句を言わず「はいこれだけですね」と黙って指定日までに振り込めと言うのと全く同じです。
日本の保守革新共に政治家は、もう少し国際感覚を身につけて官僚にバカにされないようにならないと、次の終戦記念日(衆議院の投開票日)は、いつもの8月15日より早い終戦記念日になるかもしれませんよ。