警備と教育と伝統行事の三すくみ
私の住まいする仏生山町は、1640年(今から380年前)頃に、徳川高松藩初代藩主松平頼重公に依って作られた門前町だと聞いております。それまでの生駒親正公から続く生駒家がお家騒動で、今の秋田県由利本荘市に移封され、その後水戸藩の殿様が高松に入り、現存していた玉藻城(高松城)やその周辺の町家を整備しながら、南に三里離れたこの仏生山町に菩提寺(法然寺)を作り、まちづくりに腐心されたと聞いております。
殿様は墓所を目立たないように軍事拠点化し、池と沼に囲まれた出城のように法然寺をつくり、町内も住民が食べていけるように『麺づくり』を奨励したと聞いています。御成街道と呼ばれる『仏生山街道』の脇には、『素麺所』や『醸造所』をつくり、町民が疲弊しない生活のすべを作ってくださいました。その面影が、法然寺境内でつくられている『そうめんやうどん』です。
さて本日のお題ですが、去る三日の土曜日に恒例の『門前ま…

