会長日記

第8544回

オイスカ海外研修生帰国後のアクションプログラム発表会

海外から公益財団法人オイスカ四国研修センターへ来る研修生は、毎年2月に入ってきて12月に卒業していきます。従って毎年この時期になると、帰国後のアクションプログラムの発表が、日本語で行われます。卒業試験のようなモノですが、単なる試験と違い、自分で課題を考え、自ら解決の方法とこれからの生活と、派遣先の研修センターへの貢献までプログラムして、僅か40分で語ります。今日はビデオ会議システム「Zoom」で、各国の送り出し研修センターとつなぎます。

1番はフィジーからのラファ(SAUNIVLU RAFAELE)さんで、『カバとタロイモを栽培する』。カバとは、植物の根から採った飲み物です。タロイモは、里芋に類似した現地の芋で、現地の主食です。カバは植え付けてから収穫までに、4年ほどかかります。タロイモも、植え付けが終わるとさほど手入れがいりません。いずれも比較的手間いらず、彼は帰国したら元の酪農が待っ…

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第8543回

神社参拝参加者募集!2026

毎年建国記念の日に参拝し、厄除け開運を祈願する神社参拝が、今年も募集を始めました。今年は『天理石上神宮(てんりいそのかみじんぐう)』・『風神龍田大社(ふうじんたつたたいしゃ)』。奈良県の斑鳩町周辺まで、バスで移動する。主催は神社庁香川支部神社総代会・神職会、周辺の神社の関係者を集めて、毎年盛大に行われている。実施は大川観光で、大型観光バスが25台になるそうです。

私はこの時期、故木村大三郎さんらが熱心に呼びかけていた『建国記念香川県民会議』に参加しており、2026年の神社参拝は達成出来たら20年ぶりくらいになります。科学的証明はありませんが、こうしてわざわざ遠くの神社を訪ねると、神聖な磁場を感じ背中が伸びます。日本人独特のDNAかと思いますが、日本は八百万の神の大きなベールに守られいるように思います。

当日はこの先決まる出発点から指定のバスに乗車し、明石大橋から兵庫・大阪・奈良と高速を…

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第8542回

熊野神社に小学生の集団参拝客皇紀2685年霜月

初めての遭遇ですが、高松市立多肥小学校の2年生51名が先生に引率され、地元熊野神社に学習参拝していました。いつもは境内で説明するようですが、今日は社殿の中で説明が始まっていました。これまでにも地元多肥小学校からは、5年生の集団参拝研修があったようですが、私は説明する熊野神社神社代表責任者・飛倉喬さんと前事務局長・川西澄夫さんの話も、それに聞き入る小学生の姿も初めて拝見しました。

ここ出作町の熊野神社がいつ頃創建されたかの古文書は、残念ながら発見されていませんが、先の川西澄夫さんの話によれば、近くの桜木神社が西暦900年頃、今から1100年前に建立されており、川西澄夫さんの憶測ですが西暦1200年(鎌倉幕府誕生)頃にはこの熊野神社の原型も存在していたと思われます。そもそも熊野神社(熊野三山)誕生の歴史は、日本の神道・山岳信仰・仏教が深く混ざり合って形成され神社という形ができるよりもはるか以…

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第8541回

田植え1回で2度収穫再生二期作まんのう町でも

香川県の南部に位置する満濃池や国営讃岐まんのう公園などを抱える『まんのう町帆山』の田で4日、1回の田植えでコメを2回収穫する『再生二期作』の、今年2回目の収穫実験が行われた。年間の収量増加を見込み、今年から始めた試験的な取り組で、農業関係者の期待が高まっている。再生二期作は、1回目の収穫で刈った株の根元から生えてくる芽(ひこばえ)をそのまま放置し、再び同年内に収穫する新農法。

私が小学生の頃学校で習った『二期作』とは、隣県高知など温暖な地方で行われていた田植えを年間2度行い、2度の米収穫を言っていました。ここ香川県はそこまでたどり着けず、『二毛作』でした。二毛作は秋に小麦の種を蒔いて、春に刈り取りをして、その後に田植えをして稲作をするというものです。小麦は香川ではうどんの原料になり、本来この地の『小麦』と瀬戸内海沿岸の入浜式塩田で精製された『塩』と、瀬戸内海に浮かぶ伊吹島等で収穫加工する…

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第8540回

坂出白峰ライオンズクラブ結成60周年記念式典・祝宴

1965(昭和40)年11月20日、坂出ライオンズクラブのスポンサーで、香川県No.15、四国No.52、日本地区No.992順位の『坂出白峰ライオンズクラブ』が本日結成60周年記念式典を迎えました。この間に元地区ガバナーL山地章靖と前地区ガバナーL石井淑雄を擁立し、四国に『坂出白峰ライオンズクラブ』ありと、益々盛んなクラブです。今日の式典・祝宴は、例会場の坂出グランドホテルに231名を詰め込んで、行われました。

2023(令和2)年4月16日、わが高松栗林ライオンズクラブが60周年を迎えた式典に、白峰LCはリジョンの枠を越えて12名もの参加を下さいました。当時の実行委員長として、望外の喜びでありました。そのおかえしですが、栗林クラブからは僅か6名、白峰は台湾の『宣蘭国際獅子会』との姉妹クラブ関係があり、国内にも友好クラブを持ち、式典参加者には困りません。だから、栗林の不作法を笑って堪え…

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第8539回

高松紫雲ライオンズクラブCN55周年記念式典祝宴

坂本龍馬の誕生日&命日に当たるという11月15日(土)、例会場であるJRホテルクレメント高松の3階パーティ会場飛天の間で、標題の式典と祝宴が、総数150名以上集めて行われました。高松紫雲ライオンズクラブは、1970(昭和45)年の先の大阪万博の行われた年の11月1日、高松玉藻ライオンズクラブがスポンサーで、高松市内6番目、日本で1488番目のクラブとして誕生しています。

ライオンズクラブの結成は、普通国際協会に認証された年月日を言うのですが、その後半年ぐらい後に、チャターナイト(CN)と言って『認証状伝達式』が行われます。これには結成時のチャターメンバーの全氏名がローマ字で掲載されています。この後チャーターナイトまでに、会員を増やします。つまり高松紫雲ライオンズクラブは1970年3月8日に誕生し、伝達式が11月1日であります。

そして本日チャターナイト『認証状伝達式』から55年周年を迎…

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第8538回

旧盛和塾四国合同例会by道後山の手ホテル

旧盛和塾から発展的に組織された3県の経営塾が、一同に介して今日は松山で経営体験発表会を開催しています。香川胆識の会からは、盛和塾会歴24年の藤本博之(税理士法人ACE代表社員)さんが報告するというので、私も駆けつけました。「稲盛和夫塾長の死去後になにを勉強しているのか」とも言われますが、香川は『香川胆識の会』、愛媛は『敬愛塾』、徳島は『盛心塾』で、それぞれ経営の勉強を続けています。

経営は継続で、稲盛和夫塾長が死去されても塾生各社、続いています。そのため稲盛和夫塾長が残された図書・CD・DVD・機関誌など資料で勉強を続けています。先日も世界大会が行われて、塾長生前の世界大会を彷彿とさせるほど盛り上がったようです。私は現役経営者を外れていて、人生の羅針盤として教えの再学習をしており、そのため世界大会はもう行っておりません。

そんな晴れやかな今日の舞台ですが、大恩ある藤本博之先生の私は香川…

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第8537回

あなぶきアリーナ香川『世界で最も美しい建築』6選に

香川県教育委員会は11日、今年2月に開館したあなぶきアリーナ香川(高松市サンポート)が、『世界で最も美しい建築』を表彰する国連教育科学文化機関(ユネスコ)の『ベルサイユ賞』の内のスポーツ部門で、世界の計6施設の一つに選ばれたと発表した。12月にはこの中から、最優秀賞や特別賞が決まる。世界中から集めて、6選に入るのは至難。建物の流線形と、背景の瀬戸内海の多島美がマッチした建物としての評価が高いと思う。

ベルサイユ賞は、ユネスコ本部が2015年に創設した建築賞で、世界中の優れた建築物やインテリアを毎年表彰している。スポーツ施設のほか空港や駅、ホテル、学校など様々な部門があり、国内では『下津美術館(広島県)』の水に浮かんだ建物群が、昨年の美術館・博物館部門で最優秀賞に輝いている。この美術館は、受賞したと聞いて後、私も行きました。

あなぶきアリーナ香川も受賞を機に、さらに12月の発表で最優秀や…

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第8536回

公益財団法人砂原児童基金から校外教育支援奨学生を募集

砂原英二理事長が、2026年度奨学生を募集している。返済不要の給付型で、期間は原則1年間。次年度の継続については毎年審査を行い、その都度決定する。砂原英二さんは、ある時期高松栗林ライオンズクラブに在籍され、熱心に活動に参加されていたが、ある意味生ぬるいと失望しスピンアウト(退会)されたように私には思えていた。久しぶりに、懐かしい名前を目にした。

当時は多数の調剤薬局を経営されていたと記憶しているのですが、その全てをM&Aで売却(8億余円)し、それを原資として基金をつくり、基本的にはその金利や運用益を奨学金として活用する校外教育支援奨学生制度を創設し、今の募集が10周年記念となるようです。月並みですが、立派です。私も50年前超、高松栗林ライオンズクラブから奨学金を、高校3年間頂きました。私の場合は、片親世帯であったためで、学業優秀生ではありませんでした。

私も返済不要の給付型であったため…

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第8535回

検診の結果は黒に近いグレー

先の小欄で、11日高松日赤で前立腺がんの検診結果を泉和良先生から聞くと書いたモノで、2~3心配の電話を頂戴しました。結論から申せば、疑いから確定までの確立は50%と言われ、さらなる検査が必要となるようです。心証としては先生はガンを確信し、その治療法を模索するための検査のように思います。ついに来たかと男子、闘いの始まりです。

思えば食道がんの摘出を2021年9月にここ高松日赤で行い4年が経過し、食道がんの魔手より逃れたと思いきや、次は前立腺がんと新しい魔手がやって来ました。考え方によれば、同時に迫られるより一つが終わり、次の魔手のほうがメリハリがあって受ける方は身構えが出来て良いかとも思います。古希を越えて、さらなる難題が体の中から沸き出てきます。

これまでの幼少期(8歳65年前)のヘルペスから始まり、2011年(59歳14年前)の頚椎変形手術、2014年(62歳11年前)から3度の黄斑…

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