熊本から長崎県島原へ松尾錦二さんの見舞い


1987年(昭和62年)にはじまった、高松冬のまつり。第4回目の平成2年(1990年)、雲仙普賢岳の200年ぶりの大噴火で落ち込んでいる島原第4小学校の子供たち23人に、高松冬のまつりのイルミネーションを見せてあげようと、子供らを派遣してくれるようにとの交渉のために、当時幹事の私は、平井大資さんと島原へ来ました。
その時に、島原ライオンズクラブの窓口となったのが、松尾錦二クラブ教育委員長でした。クラブ内の反対を押し切って、公募によって23人を選定し、7人のメンバーと事務局員梅林薰さんを看護師代わりに、夕暮れの高松空港へ到着しました。ここから平井タクシーの出番です。
予定通り、点灯式の舞台に4小の子供らが恥ずかしそうに立ちました。田舎(失礼)の子らは、明るすぎる照明を浴びて、ビックリした様子。この頃はまだ楽しむまでにはなっていませんでした。しかしそこは子ども、すぐに慣れて高松のイルミネー…








