会長日記

第2010回

箱根駅伝も慶明ラグビーも告別式には勝てない

楽しみにしていた第84回東京箱根間往復大学駅伝競走・往路も途中で、全国大学ラグビー選手権準決勝戦の明治対慶応戦も途中からという具合に、その間に、明大OB石原英輝(よしてる)先輩のご母堂様の葬儀告別式がありました。

92歳とお聞きして、少し救われたような気がしました。しかし子供としては、親は何歳になっても生き続けてくれるものと信じていますが、それでも寿命というものはどうしょうもないものです。

昨年といっても僅か3日前ですが、30日突然容態が悪化して、そのまま帰らぬ人となってしまった由。御尊父の33回忌を2年前におえたということは、50代で旦那様と死別です。ご苦労をされました、ご冥福をお祈りいたします。

公益会館西館は、40分前到着でも、もう駐車場が満杯です。告別式が三つ入っています。年末年始は不祝儀が出しにくくて、年明け、どうしても混み合います。

告別式は真鍋武紀香川県知事夫妻も参列…

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第2009回

2008(平成20)年元日の出来事

あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。新年もよろしくお願いします。

平成20年は、いろいろな方面での出来事の節目の年のようです。明治維新から140年、香川県置県から120年、手袋製造から120年、オリーブ植栽から100年、ハマチ養殖から80年、瀬戸大橋開通から20年、明石海峡大橋が完成し、神戸淡路鳴門自動車道が開通してから10年です。

また国際イベントとして、7月の洞爺湖サミット(主要国首脳会議)、8月の北京五輪、11月の米国大統領選挙など、これからの地球一家のあり方を決する、そんな年になりそうです。

と大上段に構える前に、自分の頭のハエすら追えない自分のことです。元旦の墓参り、神社参拝までは良かったのですが、昼から妻と大喧嘩。人は自分のことしか考えていないのですね、世界の動きを心配するより、自らの心の狭さを恥じ入るばかりです。

気を取り直して、「仏生山温…

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第2008回

2007(平成19)年の大晦日

いろいろあった一年間でした。こうして無事に最終頁が書けるのが、私にとって何よりも有り難いことです。また熱心にお読み頂いている読者の皆様も、お変わりなく、最終頁までお付き合いをいただき、ありがとうございました。平成20年も、また毎日毎日つまらない日記を書いてみようと考えています。

なくなるというのは寂しいことです。今月25日に67歳でなくなった植本義明前会長の死は、今年一年間で一番寂しかった出来事の一つでした。

新聞の報道によると、今年12月に、始めて訪ねた「余部(あまるべ)鉄橋」のそばの桜の木が、鉄橋工事の付け替えによって、伐採されると記しています。

私は直接この桜を見たことはありませんが、橋脚下の喫茶店には、みごとな桜が開花した頃の写真がありました。

樹齢約50年、昭和34年4月、新駅として余部駅が開設されたのを記念し、住民と当時の国鉄が同駅のプラットホーム横の沿道に5本の桜の苗…

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第2007回

夜の銀座の資本論by浅川夏樹

植本義明前会長が、全宅連総会の後で、「銀座」へ連れて行ってくれました。とは言っても大勢で行く銀座ですから、座って4万円などという高級クラブではありません。そして最後は並木通りの新橋駅寄りの、「稲庭うどん」の店へ行くのが定番でした。

ところで最近読んだ軽い本が、「お金にモテる人になる」と副題の付いた、標題の本です。2007年12月10日中公新書ラクレからの新刊です。著者が銀座のクラブママとしてみずから体験したことが、多少の創作を加えてまとめ上げられています。

「第1夜・クラブへようこそ」では、「未回収リスク」について書かれています。銀座では一見客は入れません。馴染みか紹介客ですから、かならずホステスさんがつきます。お客様のツケは、60日以内に振込がないと、全額そのホステスさんの給料から天引きされるのです。

「第2夜・夜の銀座は信用取引」では、銀座では担保も証文もなく、すべてが信用取引。…

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第2006回

植本義明前会長との思いでその参

平成6年の、香川県宅地建物取引業協会会長就任から、植本義明前会長は12年間その職に就いて、全宅連(全国宅地建物取引業協会連合会・構成員11万人)の副会長にまで登りつめました。体に問題がなければ、今でも副会長職にあったと思います。私は、「東京に居を構えて、全国会長をやってください」と発破を掛けていました。それも実現不可能ではなかった、藤田和夫会長との仲に見えました。

しかし就任の頃の彼の才能、やる気、考え方は、今のようなパーフェクト状態ではなかったように思います。地位が人を育てるとも言います。植本義明前会長の場合も、その傾向が強かったと思います。50歳を過ぎて成長するということは、根が素直なのでしょうね。無限の可能性を秘めていました。

業界にあって、仕事で香川のトップを獲って、高松の「古馬場」という第二の歓楽街を作りました。木造店舗兼住宅が、鉄筋コンクリート造のビルに建て代わり、そこに飲…

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第2005回

植本義明前会長との思いでその弐

あいにくの雨になりました。にもかかわらず故植本義明氏の葬儀告別式に、全国から3,000人(予想)が参列しています。読経が終わっても、焼香の列が絶えません。

昨日の通夜にも、東京から藤田和夫全宅連会長はじめ、47都道府県の会長元会長らが、参列していました。11万会員の代表者が、田舎での通夜に来るのは、異例中の異例です。住職が思わず、「こんな参列者の多い通夜ははじめて・・・」と漏らすのは無理もないことです。

藤田和夫全宅連会長の弔辞にも、カメラ好きの植本さんの話が出てきていました。常にカメラを持ち歩き、撮影してプリントアウトしてプレゼントします。私も随分頂きました。特に海外旅行の1ヶ月後には、写真交換会があって、それぞれが撮った写真を交換するのですが、その会場にはBGMの代わり旅行中のビデオが流されています。毎日10時間で10日分の映像ですから、5時間のこの間では見切れません。

そして藤…

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第2004回

故植本義明前会長との思いでその壱

昨晩は家族だけの密葬に、厚かましく夫婦で押しかけました。妻も植本義明前会長の主催する海外旅行の大ファンで、何を置いても「植本ツァー」に参加していました。わが社では、代表取締役も、取締役も、海外旅行の費用はすべて実費です。だからはずれたらもう大ブーイングです。しかし10回ほどの「植本ツアー」にブーイングは、一度もありませんでした。

面白いと言ったら不謹慎ですが、植本さんも毎回奥様を同伴されていまして、植本様の奥様もわが妻と同じ「きみこ」なんです。二人が同時に振り返って、大笑いでした。ご夫妻とは随分、海外旅行をご一緒させて頂きました。

植本義明前会長は、一言で言うなら、「面白いを形にする人」でした。彼の企画する海外旅行は、JTB等専門家も舌を巻く緻密なスケジュールでした。夜の10時にホテルに帰って、翌日は5時モーニングコールというスケジュールも多々あったのです。

それでいて、全体の例えば…

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第2003回

前香川県宅地建物取引業協会会長・植本義明鬼籍に

尊敬してやまない、植本義明前会長が25日に亡くなったと、不動産情報通の市原壽さんから聞きました。「え・」というのが私の言葉であったと思います。

27日18時からベルモニー会館勅使で通夜、翌28日13時から告別式です。協会葬として執り行うようです。まだ正式な通知は、どの組織からも来ていません。

驚いたというか、ついにその日が来てしまったというか、複雑な気分です。かねてより闘病生活を余儀なくされて、東大病院まで行って治療に励んでいた植本義明さんが、その戦いに負けるとは、ガンという病気は、まだまだ不治の病です。彼だけは、病魔に勝って生還すると信じていました。信じられません。

私の本当の身近では、白石富祥さん、土居貴久子さん、そして植本義明さんが、ガンと闘う戦士でした。そして三人とも負けてしまったのです。

昭和15年7月20日生まれの66歳です。若いの一言です。ご冥福をお祈りします。もう何…

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第2002回

今日の朝礼当番は、穴吹藍莉さんの父、穴吹英之さんです

朝礼当番は、「今日の一言」と言って、朝礼の最後に最近考えたこと経験したことに対して、自分の感想を交えて全社員に話をします。

今日は穴吹英之さんの番でした。彼は本日四国新聞18面に掲載された、「『ちょっと苦かった』綾上小茶の湯で日本文化学ぶ」で、長女藍莉(11)さんが紹介されていて、とても嬉しいと話していました。

早速、その紙面を探してみました。ありました。「ちょっと苦かったけれど日本の伝統文化が少し分かった気がすると笑顔で話していた。」と談話が記名入りで紹介されています。

それも写真が一番手前で、大きくかわいく掲載されています。

以前、松下由美子さんが合同入社式で80名を代表して答辞を読んだことがありますが、その記事は、松下家の家宝にしたそうです。

穴吹英之さんの今日のコメントは、大家族主義を唱えるわが社の基本方針にぴったりで、社長の私も思わずにっこりでした。

第2001回

薬害肝炎訴訟で福田首相がはじめてリーダーシップを発揮

福田康夫首相が、就任以来始めて、国民の前にその指導力を発揮した。これまで前任者の安倍晋三前首相の「年金公約」を、「そんな選挙公約いったっけ」と、国民を愚弄する発言が多かった福田首相。高所から国民を見下して、「国民に何がわかるのかね」と言わんばかりの態度に、国民は怒りを貯めています。

小泉さんが、国民関心事に敏感だったことで、内閣支持率が高かったと思います。この薬害肝炎訴訟も、小泉さんの内閣時と良く似た判断を求められています。

一節では、厚労省の官僚から、「全患者一律救済」となると2兆円程度の原資が必要と言われたとか言われなかったとか。

先の年金問題で、政府(福田内閣)は大変な「嘘つき」と国民から睨まれています。「正しいことをする」のが政治であって、そのためには予算外の支出を余儀なくされることは、ある意味仕方のないこと。官僚処理の前段階で、「議員立法」(短時間で立法が出来る)で今国会中…

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