会長日記

第8810回

全国戦没者追悼式終戦81年で平和を希求する一日

今日15日は81年前、太平洋戦争敗戦の天皇陛下の国民向け玉音放送があった日で、一般的に終戦の日とされています。ユーキャンの『昭和・平成100年史』DVD全8巻を観ながら、天皇陛下の「終戦の詔書」の全文を紹介します。長いですから、我慢ならない人は文句を言う前にこのページから離れてください。

「終戦の詔書」全文

朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現狀トニ鑑ミ、非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ收拾セムト欲シ、茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク。

朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ、其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ。

抑々帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ、萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ、皇祖皇宗ノ遺範ニシテ、朕ノ拳々措カサル所、曩ニ米英二國ニ宣戰セル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ、他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス。

然ルニ交戰已ニ四歲ヲ閱シ、朕カ陸海將兵ノ勇戰、朕カ百僚有司ノ勵精、朕…

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第8809回

世界最古の企業金剛組が浄土真宗の機関誌同朋新聞に

わが家は、浄土真宗大谷派極楽寺の門徒であります。寺は高松市内でも旧市内夜に賑わう界隈の古馬場町にあり、拙宅からは10キロぐらい離れています。ではありながら機関誌『同朋新聞』が、いつの間にか投函されています。わざわざお運び頂いているのかと思うと、申し訳なく拝読しております。しかし、マンガ絵もありますが、なんとなく難解な新聞です。

旦那寺がどのような御縁で極楽寺か分からないまま、もう随分前になりますが、拙宅前が同じ大谷派の高徳寺さんで、住職が早生され奥様がお困りだったもので極楽寺の住職に「高徳寺にかわりたい」と申し出たところ、こっぴどく説教されました。簡単に距離感だけで考えたのですが、ここにも業界のしきたりがあるのでしょうか、これには驚きました。極楽寺住職からすると、何と罰当たりな檀家でしょう。

祖母が亡くなり母もいなくなり、跡取り息子がこんな状況だと、先が思いやられると思ったことでしょう…

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第8808回

第59回さぬき高松まつり&花火大会

今年(2026年)の高松まつりは、例年通り8月12日から14日までの3日間、これまでのメイン会場の高松中央公園が工事中のため会場を、サンポート高松のあなぶきアリーナ香川とその周辺へ移し、舞台イベントを繰り広げ、13日は30分間6000発の花火が高松港で盛大に打ち上げられました。天候不順で花火の打ち上げが中止となる市町が多くなる中、高松市は無事花火が終わりました。

人出は、これまで最高ではないでしょうか。報道では8万にとも言われていました。私も18時45分開始の高松栗林ライオンズクラブ第1532回例会の前に、あなぶきアリーナ香川のステージイベントを見に行きました。クルマはここ数年県営玉藻町立体駐車場へ入れていますが、今年は2時間ほど早く駐車し、そこから歩きました。この間が花火の見物客が陣取るエリアですが、もう既に陣取りが始まっています。

あなぶきアリーナ香川大ホールでは、ステージイベント…

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第8807回

オイスカチャリティーゴルフコンペ高松2026秋

今日もオイスカネタで、代わり映えせず申し訳ありません。私の身の回りに起こった出来事を書き綴る日記ですから、読者には特段面白いことはありませんが、有難いのですが書いている本人は至ってご機嫌で、日記を書くことを楽しみにしています。面白くなければ、しばらくお休み下さい。と言いながら、毎日来て下さる何人かの中毒読者のみなさま、ありがとうございます。

オイスカは会費や寄付金で、海外研修生を受け入れております。日本国内に4つの研修センターを持ち、それぞれが独自のスタイルで研修生を受け入れています。『四国研修センター』は今年2月に、9人の海外研修生を受け入れましたが内1人がやる気がないとして、強制帰国にしました。初めてのケースで、常任幹事のみなさまも大変驚いていました。その国からは、以後しばらく採用しないと美馬幹晃四国研修センター所長は、カンカンでした。

と言うのも研修生には、衣食住のうち衣の私服を…

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第8806回

OISCAが支援するCFP『海岸林の大切さと震災教訓を伝える絵本を作りたい』

公益財団法人オイスカは、1961年に設立された国内外で森づくりや人材育成に取り組む国際NGOの一つです。世界41カ国と地域に広がるネットワークを活かし、活動しています。東日本大震災直後からは『海岸林再生プロジェクト』を開始し、地元農業従事者や国内外のボランティアとともに、名取市の海岸林再生に取り組んでいます。私も邪魔になるかとも思いましたが、2024年に作業現場へ行きました。オイスカが担当した海岸林エリアの生育が一番良いと、現地担当者は鼻息が荒い。

地元農業従事者とオイスカ担当者が力を合わせて、香川県産黒松の種を持ち込み、農業従事者が苗立てを行い、しっかり根付いた苗を国から指定されたエリアに植え付けします。その苗木が年ごとに成長し、間引きをしながら樹長(人間の身長)を定期的に測定します。これを一回20~30人のグループで年1~2回行い、雑草類を撤去し、強い海岸林を作っています。

今日の…

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第8805回

高校野球の面白さ難しさ

第108回全国高校野球選手権大会の第6日は8月10日(月)、甲子園球場で行われ、4試合に熱戦が繰り広げられた。私も仕事の傍ら食事時などにテレビ観戦する程度で、よくよく観たわけではありませんが、その中でも全国的に注目の横浜対沖縄尚学の第2試合に、思わず釘付けになりました。優勝候補の両チームで、攻守揃った良いチームです。僅差の試合を予想していましたが、存外7-2と横浜の横綱勝ちでした。

横浜の織田投手(右腕)は、150キロ台の球速を終盤まで維持し、沖縄尚学の強打者を八回まで毎回の12奪三振と試合を作った。球が速いのと、鋭い縦の変化球が効果的だった。落ちる球は、強打沖縄尚学でもなかなか打てない。打者8人から三振を奪った投球は、付け入る隙が全くなかった。その中でも沖縄尚学は、二回と六回に各1点をもぎ取った。何と言っても、横浜織田投手の力投が光った。

一方甲子園2連覇へ向けた沖縄尚学強力投手陣の…

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第8804回

長崎原爆投下から同じく81年

今日9日、長崎は米国による原爆投下から81年の「原爆の日」を迎えた。爆心地に近い長崎市松山町の平和公園では『長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典』が営まれた。今さらながら6日の、広島への原爆投下でその威力を確認したにもかかわらず、また長崎に原爆投下の必要があったのかと問いたい。ましてや長崎市は、9日の第一候補地の北九州の当時の小倉市が、日本軍の抵抗でB-29爆撃機が目標地点まで降下できず、やむなく選ばれた次の候補地であったと聞きます。一般的には天候不順、視界不良と言われていますが日本軍の必死の抵抗だったようです。

米国が日本に新型爆弾を落とすと決め、その候補地は比較的早くから選定されていた。裏を返せば米国は、早い段階から日本を戦争に巻き込んで、新型爆弾を使う算段をし、必ずそこへ投下し、戦争を終わらせるシナリオを描いていたと私は考えている。だからその候補地には、空爆をしていない。効果を検証するた…

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第8803回

オイスカ四国研修センターのニューアクション

公益財団法人オイスカは中野與之助初代総裁が、日本軍が先の大戦で蹂躙した地に米を植え、作物の種を蒔き、木を育て、人材も育成して60年間超やって来ています。創立者の強烈ともいえる個性、熱意、夢、理念があり、その信念に惹かれて人が集まり、無から活動を立ち上げ、今日の礎を作ってきたことが想像できます。四国研修センターの研修宿泊施設は、1961(昭和36)年にオイスカが中野與之助初代総裁の手により発足して僅か7年目の1968年3月に、高松市香南町の冠櫻神社の境内の一角に建てられたプレハブに始まります。

その後13年が経過した1981年12月、綾歌郡綾川町の丘陵地に新築移転し、今年2026年に新築から45年を経過し、初期から1600人の海外研修生を受け入れ、寝食を共にしながら研鑽を積んできたのです。「木を植えながら人を育てる」組織だと、私はオイスカのことを端的に説明します。穀を得るは1年のケイ、木を…

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第8802回

川染節江さん仏国・国家功労勲章を受章

四国新聞の報道で、川染節江さん(88)香川日仏協会名誉会長の受章を知りました。高松在住者で、フランスの食や文化に精通する人と言えば恐らく川染先生を挙げる人が多い。それほどまで多くに慕われている人が、川染節江さんだろう。8月5日(水)お昼前、8年前に高松市主催の仏トゥール市との姉妹提携記念祝賀会のため訪仏したメンバーが、川染節江さんを囲んで昼食会を開きました。

音頭取りは馬場朋美(行政書士)さんで、元市職の経験からこの手の情報には精通されています。私も馬場朋美さんに声かけられ、夫婦で一行に加わり、その当時はワインをたんと飲んでいましたから、楽しいフランス・トォール市訪問でした。一番の思い出は、LRTと市庁舎での晩餐会です。市庁舎はお城の風情、ヨーロッパは地震が少ないこともあり建物が古いのですが、大変おもむきがあります。

この時は団長が川染節江さんで、大西秀人高松市長も夫人同伴で参加されて…

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第8801回

広島への原爆投下から81年目の暗黒の日

世界初の原子力爆弾がアメリカ軍によって広島市へ投下されたあの日から、81年の月日が流れ、アメリカ軍に恨み言を言う日本人が高齢化のためほとんどいなくなっています。昨今の為替相場の日米共同介入を、トランプ大統領は「友情」からだと言うのですがその際も、「真珠湾攻撃を除いて」と断るように、アメリカ人は日本海軍の真珠湾奇襲をいまだに許さないという態度です。だからといって、無辜(むこ)の民間人を大量に虐殺した原子爆弾の広島投下を、戦争終結手段として「仕方ない」と許してはならないと私は思うのです。

開戦前、駐米大使野村吉三郎と米国務長官コーデル・ハルの間で交渉が行われていたが、中国・仏印から無条件撤退等の条件が書かれたハル=ノートが出される(昭和16年11月26日)と、交渉が行き詰まった。結果、日本は海軍がハワイの真珠湾を急襲し、陸軍は英領マレー半島に上陸作戦を敢行し、米英への宣戦布告を行った。昭和天…

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